の雪が大変少なくなったのに驚く。

    奥穂高岳

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三月三十一日 晴後雪 柏矢町六・三〇 山番小屋八・五五 常念小屋三・一五 中山峠五・三〇 一ノ俣の小屋八・三〇
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 一ノ沢を取り囲む山は二月よりはズッと雪が少なくなっていた。一四〇〇メートルくらいからスキーを履く。だいぶ以前に通ったらしいパーティのシュプールがところどころ残っている。谷が狭くなってから左側の小さい尾根に常念道と書いた布が結びつけてある。ここを過ぎすぐ左から入ってくる小さい谷を登る。このときは雪が降りだし霧が巻いて山が見えなくなった。この谷は雪崩が出ていて靴のまま歩いても苦しくなかったからスキーはかつぐ。コルには雪庇といわれるほどのものはなかった。尾根は今降った雪がついているだけだが、森林帯は雪が多く、常念小屋は屋根が出ているきりだ。ここから下りはスキーによいと思っていたがタンネが茂り過ぎているし、雪がパンパンになっているので上の方はスキーをぬいだ。中山峠は初めてで心配したが地図の見当であたっていた。上下ともスキーをかついで雪崩の跡を伝う。思ったより楽だ。二ノ俣は大きな川が流れているので、しばしば高廻りをさせられた。赤沢岳から底雪崩の凄い奴がたくさん押出しているし、暗くなり雪も止まぬので随分弱った。一ノ俣の小屋には法政の人々が泊っていたので大変御馳走になった。ルックザックを干して寝たら、夜中には火の中に落ちてだいぶ焼けてしまった。僕は山では火の恩恵に浴されないらしい。

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四月一日 快晴 一ノ俣一〇・〇〇 唐沢谷入口一二・三〇 奥穂高の岩場四・四〇―五・二〇 唐沢岳五・四〇 横尾岩小屋一〇・三〇
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 今日はいい天気になって、大喰岳がモルゲン・ロートに燃えている。法政の人に針と糸を貰ってルックザックを縫い、不要の物は小屋に置いて、その人達と一緒に一ノ俣を出発する。横尾の出合までは二月よりズッと悪くなっている。法政のパーティは上高地へ下る。横尾谷は川床伝いに登る。屏風岩から塵雪崩が盛んに落ちて、昨日の新雪は黒い岩に変ってしまう。唐沢谷には北穂高の東尾根から相当雪崩が出ている。二六〇〇メートルくらいまで登ってからアイゼンに変える。脛まで潜るところもあるが雪崩の跡を伝って肩へ登った。寒い風が吹いている。奥穂の岩場のちょっとしたところが登れなかったので、唐沢岳へ登ってみる。浅間、八ヶ岳、南の山等がアーベント・グリューエンに燃えていて嬉しかった。帰りは雪がパンパンになっていて横辷りに悩む。横尾の岩小屋に八高出身の桑田氏がいたので泊めてもらう。

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四月二日 曇 岩小屋四・三〇 穂高小屋一一・三〇 奥穂の頂一・三〇 一ノ俣七・〇〇
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 桑田氏が奥穂へ登るというので連れて行ってもらう。奥穂の岩場でちょっと参ったが、同氏の切ったステップを辿ってやっと登った。こうして随分苦しんだので奥穂高岳の頂上に立ったときは、霧で眺望はきかなかったが、とても嬉しかった。下りも僕は随分ブレーキになって桑田氏にはお気の毒だった。岩小屋に帰ってからも大変御馳走になった。一ノ俣の小屋はこの日僕一人を待っていてくれた。

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四月三日 快晴 一ノ俣五・三〇 徳本峠一〇・三〇 島々三・三〇
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 とてもいい天気だ。徳本を越すには惜しい日だが、仕方がない。山に登ることが仕事ではないのだから。徳本はスキーをぬいで人の歩いた跡を伝う。岩魚止より下は雪がなかった。

    白馬岳

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四月二八日 晴 四谷八・二〇 白馬尻一二・一〇 白馬頂上四・三五 白馬尻六・〇〇 猿倉七・〇〇
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 二俣には発電所ができるらしく、工事の人がたくさんいる。その水の取入口が猿倉の少し下にあるので、途中までいい道がある。一〇〇〇メートルくらいからスキーを履き、一三〇〇メートルくらいまで登ってから、雪が堅いのでスキーその他不要のものをブナの木の根に置いて行く。川から離れて左側を相当高廻りする。白馬尻には大きな雪崩の跡がある。二日前に降った雪が両側の急な谷から、今、底雪崩を起している。大雪渓は思ったより広く傾斜も緩い。今朝猿倉から登った大学のパーティが痛快に辷って下りてくる。僕はマッチを忘れてきたので、先頭の人に話して一つ貰う。天気がいいので、この辺は靴の上まで潜る。三時頃から強い風が吹き下ろしだした。小雪渓は意外に長く、雪は頂上の小屋の上までもつづいてスキー登山の山として理想的だ。尾根はまっすぐに立って歩けぬほど風が強い。富山平原からネーベル・メーアが押寄せてきて、雲の海の上に立山の連峰がはっきり浮ん
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