えんに物なし、万歳三唱せり。
黒部本流の景色言語に絶するほどなり、かかるところ他に求めざるべし、鐘釣温泉にいたれば人々多く、外人もいるに驚けり六時半着、温泉は非常に綺麗にして殆んど味もなし、この辺の景色とても素敵なり、この夜寒くなし、温泉に浴す。
[#地から1字上げ]十五日(日曜日)晴
本コースは一度も雨に逢わずまことに幸いなりき、無事立山縦走も終りて神戸に帰ると思えば淋し、六時過ぎ出発。今朝は温泉にも入りて気持よし、黒部川の眺め絶佳なり、新鐘釣温泉により、日本電力の大工事に感服せり、絶佳も過ぎ、暑くて暑くてならぬと思いながら十時半頃|宇奈月《うなづき》着、登山名簿へ記入し、黒部電鉄にて三日市へ、三日市にて名物西瓜を食い、汽車四十分遅れたれど無事十二時四十分発にて米原へ乗換後神戸へ一時着。
[#地から1字上げ](一九二六・九)
[#改ページ]
兵庫立山登山
私は兵庫県と鳥取及び岡山県界の山脈を兵庫アルプスといい、海抜千五百メートル一の氷《ひょう》ノ山を兵庫槍、三室山を兵庫乗鞍、一番南の一三四四メートル六の山を兵庫御嶽と呼んでいます。扇ノ山は頂上が全部鳥取に入っているから、この山の前山を兵庫立山ということにしました。この立山の高さはよくわかりませんが、一二八〇メートルくらいでしょう。私は昨年九月、この山と扇ノ山へ登るために私の故郷浜坂に下車したのが午前三時半頃でした。私の家に寄って四時過ぎ出発、浜坂に流れている岸田川、すなわち兵庫黒部川を遡って、霧ヶ滝に着いたのは十時頃でした。この滝は水量が少ないのと高さが二百尺以上もあるため、水は途中で大部分霧になってしまうようです。それで霧ヶ滝というのでしょう。ここまでは村人が炭焼きにくるので道がありますが、ここから頂上までは道がありません。そこで少し下って東側の小さい尾根を登り一時間くらいもかかってやっと九〇〇メートル以上の高原のようなところに出ました。ここからスズ竹が網の目のように重なり合っている中をラッセルするので、一時間僅か五町くらいしか進みません。これを突破し滝の上流に出て小川を上り、またスズ竹の中をラッセルして兵庫立山の頂上に午後一時過ぎに着いて、一番高そうなところの木に登って四方を眺めたときは、今までの苦しみは一掃されてしまいました。北の方鳥取から香住までの海岸が絵のように見えます。東に兵庫白馬と三角点の
前へ
次へ
全117ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 文太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング