なおも懐中電灯の光をたよって下って行くうち、とうとう左へ巻くところでシュプールを見失ってしまった。後戻りするのは厄介と思ってそのまま下ったら、川の岸はひどい藪の上、急斜面で河原へ下るのは大変困った。朝の出発をもう一時間早くすれば、ここで迷うことはなかったであろう。河原は随分広く川は一部分流れているだけであった。
 徒歩は一度しただけで一カ所は丸木橋があった。やっと左岸の林の中でシュプールを見つけ、難なく平《たいら》の日電の小屋へ着くことができた。ここには三人合宿しておられて、いろいろと御馳走をして下さった。温泉に入ったり、ラジオを聞いていたりすると全く黒部谷の中とは思われないほどである。

[#地から1字上げ]一月四日 雪 平の日電小屋 滞在
 昨日の晩は星がキラキラとひどく瞬いていたが、日電の人が気圧計を見て明日は雪ですよと言った通り、朝早くから雪がドンドン降っている。滞在ときめていろいろ山の様子を聞く。この平の日電の小屋は社宅で登山者を泊めてはいけないのだが、僕は一人でもあり、随分遅くやってきたので、気の毒だと思って泊めてくれたので、前のパーティは平の小屋で泊っていたそうだ。そして二、三日前、烏帽子へ登ると言って谷を上って行ったという。

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一月五日 小雪後晴 九・〇〇 平の日電小屋 五・三〇針ノ木峠の小屋
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 今日も早朝はまだ雪が降っているので出足がにぶったが、八時頃から雲が動き出して青空がときどき見え出したので、いろいろとお世話になった日電の人々と別れて平を出発する。黒部の籠《かご》の渡しにはちょっと参った。スキーとルックザックを縛りつけると乗るのが大変である。この籠が岸を離れるときの気持は、アップザイレンの出しなと同様気味の悪いものであった。またかじかんだ手で綱を引張ってもなかなか引掛って動かなくなったり、だんだん登りになってくるに従い動きが悪く実につらかった。
 やっと河原へ降りてしばらくスキーで行くと右へ針ノ木川を渡らなければならない。水量は僅かで危険ではないが、靴に水が入るので濡れてもよい一時凌ぎの靴下を履いて行く方が良い。また左側へ渡り等して上っていくが、随分以前に一度通っただけなので道をよく覚えていない。そのうえ去年の風水害で橋は全部流されてしまっているので渡るところがよくわからない。ところどころ大
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