直ぐ家を飛び出して半丁程離れた弟(病人の弟)の家へ行き懐中電燈を持って直ぐ来て呉れと言って、また走って帰りました。弟二人、次弟の妻、それの両親など飛んで来て瞳孔を視ましたが開いては居ません。弟達は直ぐ電報を打ったり医者を呼ぶために出かけて行きました。
 医者は直ぐ駆けつけて呉れましたが、最早実に落着いたものです。「ひどう苦しみましたか……たいした苦しみがなければ、先ず結構な方です」といった具合で、私がもうこれでお仕舞いですかと訊ねますと、まだ一日位は保つだろうと言うのでした。然し、医師を見送って行った者に向っては「あと二時間」とハッキリ宣告したとの事です。危い処で私は病人の死を知らずにいる処でした。
 やがて、一同が枕頭に集って、綿の筆で口の内外へ水を塗ってやりました。私が「基次郎」と呼ぶと、病人はパッと眼を見開きますが「お母さんだぜ、分って居るか」と言っても何の手応えもなく直ぐまた眼を閉じて仕舞います。漸々と出る息が長く引く息は短く、次第次第に呼吸の数も減って行きます。そして、最後に大きく一つ息を吐いたと思うと、それ切りバッタリと呼吸がとまって仕舞いました。時に三月二十四日午前二時。
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