目だと言っても「さがして呉れ――自転車で――処方箋を貰って来て呉れ――」と、止切れ止切れにせがみました。弟はやむを得ず「ようし」と引受けて立上りましたが、直ぐ台所へ廻って如何したらよいかと私に相談します。私は引受けた以上は病人のために医師を探してやるのが当然でもあり、またこれが最後となっては心残りだからと言って、弟を出してやりました。
 陰うつな暫時が過ぎてゆきました。其処へ弟が汗ばんだ顔で帰って来て「基ちゃん、貰って来たぜ、市営住宅で探し当てた。サアお上り」と言って薬を差出しました。病人は飛び付くようにして水でそれを呑み下しました。然し最早や苦痛は少しも楽に成りません。病人は「如何したら良いんでしょう」と私に相談です。私は暫く考えていましたが、願わくば臨終正念を持たしてやりたいと思いまして「もうお前の息苦しさを助ける手当はこれで凡て仕尽してある。是迄しても楽にならぬでは仕方がない。然し、まだ悟りと言うものが残っている。若し幸にして悟れたら其の苦痛は無くなるだろう」と言いますと、病人は「フーン」と言って暫し瞑目していましたが、やがて「解りました。悟りました。私も男です。死ぬなら立派に死
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