ありません。これから暖くなるのです。今に楽になりますよ、成る丈け安静にして居なさい」
これは毎日おきまりの様に聞く言葉でした。そして、医師は病人の苦しんでいるのを見かねて注射をします。再びまた氷で心臓を冷すことになりました。
その頃から、兄を呼べとか姉を呼べとか言い出しました。私が二人ともそれぞれ忙がしい体だからと言いますと、彼も納得して、それでは弟達を呼んで呉れと言います。其処で私が、何故そんな事を言うのか、斯うしてお母さんと二人で居ればよいではないか、と言っても彼は「いいえ、僕は淋しいのです。それでは氷山さんの伯母さんでも」と言ってききません。「伯母さんだって世帯人だもの、今頃は御飯時で忙しいだろうよ」と言ったものの、あまり淋しがるので弟達を呼ぶことにしました。
弟達が来ますと、二人に両方の手を握らせて、暫くは如何にも安心したかの様子でしたが、末弟は試験(京大入学試験)の結果が気になって落ちつかず、次弟は商用が忙しくて何れも程なく帰ってしまいました。
二十日の暮れて間もない時分、カツカツとあわただしい下駄の音がしました。病人が例の耳で、「良吉だ、試験はよかったなあ」という間
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