る力がはいつてゐる。

   日本

 日本の燒物を、支那、朝鮮の如く大ざつぱに語ることは控えたい。それは讀者諸氏が余りに身邊に親炙してゐられるからである。たゞ支那、朝鮮の影響を受けて發達したものであり、それが日本化されて、そこに生命を見付け出されたところのものであることを知ればよい。
 青磁にしても、九州の鍋島だとか、攝津の三田だとか、なか/\うまく支那の技法をとり入れてゐるが、斯ういふことは「陶器全集」の中へ入れたいと思つてゐる。白磁に就ては語らなかつたが、支那、朝鮮の白磁は隨分日本人に喜ばれ、また日本の物とされて造られてきた。
 茶人に愛さるゝ井戸、熊川《こもがい》、三島、そば、伊羅保、刷毛目、各種の茶碗など高麗から李朝初期に亙る朝鮮の所産であるが、日本も亦豐公の「やきもの戰爭」以來、九州その他で、これら朝鮮所産の物の模倣をやり軈て日本人の物としてしまつてゐる。だから染付、赤繪、等々にしても日本の物は支那傳と朝鮮傳とに岐れ、それを日本化したところに面白味があるのであつて、これらのことを成るべく正しく明かにしようといふのが、私の「陶器全集」の目的の一部でもあるわけだ。
 日本物はこ
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