ろ/\してゐる陶工とちがつて、皆精神力がしつかりしてゐて何物かを胸中に包藏してゐたからである。が、概して一般の趣向は※[#「※」は「「滔」でつくりの上が「刀」」、52−2]々として似而非風流の歪めるものを美くしいものと思ひ誤つてしまつた。[#底本では「。」が欠如]
 この「不自然に歪めるもの」さへはつきり見極めることが出來れば先づ危險信號の標識がわかるわけである。しかし月並の根ざすところは長い歴史をもつてゐるだけに實に深い。この雜草の根を拔いてしまはない限り、惡趣味なゆがみが顏を出してくる。恰も今日、床屋誹諧、點取誹諧が猶おもしろがられてゐる如きである。
 故意にゆがめられたる燒物の顏は、一瞥してわからねばならぬ。そこに早くすゝみたい。
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   殘念物

 器物は疵のないに如くことはない。茶道では小さな疵でも神經を尖らせて氣にする、もつともなことである。少しでもニユウ、ホツレがあるのを氣にする、これは完器に越したことはないといふ一面、疵物を御客に出しては相すまないわけである。また御客に器物を賞玩してもらう上からいつても疵があれば夫れだけ御客に不安な餘計な心づかひをさせる、一寸でも危な氣のある思ひをさせるといふことは相濟まぬ次第である。
 茶人の間には、これほど疵が氣にされてゐるが、又疵を許されてゐる器物もある。疵が高臺にかゝつてゐなければよろしい――などいふことを聞くことがある。われら茶人でないものには這の間の消息は分らない。昔の茶人の中には、わざと花入の耳を落しなどして器を生かしたといふ話を聞くけれども、それは器量があつてのことで、われら完器を破壞して生かすすべをしらない。――だが、さういふ思ひ入れの多いことは別として、われらは名器を手に入るゝことが出來ない。金がないからである。一國一城の勳功に値するほどの金がないからだ。まことに口惜しいおもひがする――が、又考へやうに依つては、安らかな氣持で愛し得る名器は必らずしも金を出さないでも手に入るやうな氣もする。利休や遠州や不昧や大茶人宗匠達が評價し格づけてくれない品物でも、われらは名器を得たと同じ歡びで愛し得る器物が無いとも限らない。それには所謂忘れられたる名品を掘出さねばならぬが人の持つてゐる物を掘り出すといふことは一生のうち一度あるものか無いものか一寸怪しい。結局代償を拂ふとすれば先づ疵物に目を向ける方がいゝやうに思ふ。斯くいふ私は名器どころか瓦石に等しいものしか持たないが其の九割は疵物である、その疵であるといふことは殘念には思ふが別に淋しいとは思はない。疵物に對し平氣で而も心は富んでゐるつもりでゐる――
 道具屋の間で「殘念物」といふ。殘念だが疵があるとか、むけ[#「むけ」に傍点]やほつれ[#「ほつれ」に傍点]があるとかいふのである。むけ[#「むけ」に傍点]といふのは先刻御承知であらうが、古染付などで藥の剥げてゐるところなどあることを云ひ、ほつれ[#「ほつれ」に傍点]といふのは口邊など一寸ほつれてゐることを指す。又ニユウが入つてゐる。こんなのを殘念物だといふ。
 例へば秋月筆の寒山拾得の幅が對であるとして拾得しかなく「寒山いづこ」といふ殘念物があつたとする。對幅だから二幅揃つたならば千兩するのであるが「あゝ寒山いづこ」で一幅の方は行方不明で、拾得のみのをもつてゐるので殘念物――そこで三十圓か五十圓か、そんな評價はしらないが先づ燒物からいへば疵物の價で手に入る。さて此の片輪な幅を掛けてみてどうであらう。寒山があつたならば定めしいゝであらうと思はるゝけれど、寒山の行方何處――といふところにも亦興味があつて寒山がなくて却つて意味深長、拾得一人ゐても少しも物足らぬ氣持がしない、構圖、氣魄、すべて秋月といふ畫人の良さがあれば夫れでいゝのではあるまいか。われら貧人には寒山を家の外に逸してゐるところに却つて興趣がある、敢て負惜しみをいふのではない。疵陶亦然矣。
 いやに口幅ッたいことをいふやうであるが、私の持つ殘念物をいはふなら――
 黄瀬戸茶わん。極めて古い手のもので、見込にポンと菊の文樣の押花型がある。これに若し底部に疵がなかつたならば千金の價をもつであらうが、殘念物のためにカフエー一夕の資にも足らぬ代價で小庵の氣もちをあたゝかくしてくれる。胎土、ロクロ、くすり、堪らなくいゝ。底は上げ底になつて、窯道具のくッつきが焦げついて居り澁からず華やかならず、浮つかず重過ぎず、申分のない黄瀬戸茶※[※[#「※」は「上が「夕+ふしづくり」+下が「皿」」、第3水準1−88−72、読みは「わん」、59−7]である。一見するに殘念物の感更になし。たゞ「底拔け茶わん」として在來の茶人が厭ふのみである。
 古萩茶わん。萩燒も極めて古いところになると滅多に見當らない。若しあれば又富豪の力でないと
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