古さといふことは傳統といふことである。名物とか大名物とかいふものは品物の良さと共に其の古さが尊ばれてゐる。古さの歴史がはつきりしてゐる一つの器物につながつてゆく因縁、※[#「※」は「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28、30−5]話、書付、さういふものが大切に傳へられてゐる。一つの茶入が何萬圓したなど謠はれて、聞く人は「ほゝう」と驚く。これは品物の良さもあらうが古さの價が加はつてゐる。しかし一面、考へやうに依つては其の古さの樂しみは、われら貧乏人と雖も味へないことはない。それは其人々々の心のおきどころ次第である。何萬圓の茶入も、今日五十錢しかしない茶入も、同じ土で、同じ窯の中で、同じ火の洗禮を受けて生れたのかもしれない。瀬戸の古窯から發掘さるゝ破片は今日大名物となつてゐる茶入と共に燒かれたのかもしれない。一は世に傳へられ、一は割れたゝめに窯の附近に捨てられたのであらう、又はよき伯樂なきため、末代まで庶民階級の間をごろ/\して、場末の古物商の手にかゝつて今以て埃を被つてゐるのかもしれない。戸籍を洗へば一つの窯から出たのであらうが、そこに人間に認識さるゝ縁、不縁があつたのだ。
名物といふものは成程いゝ作であらう、然し同じ窯で造られた全部が惡かつたわけでもあるまい。その一つが運よく大權力者の手に入り、戰國時代勳功に賞でゝ分ち與へる土地が足りなくなつたので、折柄新興の茶道に陶醉してゐる勇將達に勳章の代りとして茶入を渡した。即ち一國一城に代はつた茶入である、その茶入が主人が滅びると又外の人へ、その主人が死すると又次の主人へと傳來する間に、悲劇、武勇、風雅、いろ/\の※[#「※」は「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28、32−6]話を生んで、それに關する文書が共に傳はり今日も猶千萬金の價をもたせてある。たゞ裸一貫になれば或は兄弟の名乘りが出來る茶入や茶わんが、貧寒われらのところへある一方、二重三重の箱の中に、二種五種の金襴の着物をつけて納まつてゐるのもあるわけだ。
なあに、あんなに金を持つて威張つてゐるが、生れたのは、俺達と同じ芋小屋の中だつたんだ――と人がいふのと同じことも、或は燒物だつて言ひたいのかもしれない。だが、この傳世傳來といふことの感情的美くしさに就てはこゝでは云はない。それは又それで、今日發掘される破片の荒れた肌よりも、何百年と人に愛玩されて、人間とあたゝかい交渉をもつた肌の方が潤ひがあり美くしさがあるであらう。――が、破片と雖も、又顧みられない店頭の半圓乃至四分の一圓の品と雖も馬鹿にすべきでないことを云ひたい。
古さ――これはどれでも古いことは同じで、古さのもつ良さは金の高で見つもることは出來ない。何故かなれば矢張この時代が生んだ工藝品だからで、今日の時代が逆さまになるとも生むことの出來ない良さ古さをもつてゐるのである。この古さを賞し得ることも亦われらに與へられた樂しみの一つで、時代を知り器物の形のよさ、釉のよさを知つたならば、古さも同時に分つて高い代償を拂はずに一夕カフエーの資を以て購ふことが出來、清淨なる快樂を享受することが出來るのである。
以上いつたことは銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、34−9]のない以前の古い時代であり、又銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、34−9]が初まつて以來の臺所用雜器に就てもいふことが出來る。農家の具に作られた種子壺が見出されて、今日千金の價をもつこともあるが、さういふ萬一を僥倖しないでも、農家の具、漁家の具の中に、案外古さも良さもあるおもしろいものを發見することがあり、又僻村の店頭に案外の古さをもつ器物を拾ふことも出來るのである。
【銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、35−欄外]】
次ぎにいひたいことは銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、35−6]である。銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、35−6]は器の底部に又は胴に、又は箱に入れて個人作家のサインとして昔から尊ばれてゐる。この銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、35−8]は贋物が多く、有名な作家であればあるほど怪しげなものが多い。たゞ作家の銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗字、35−9]のみに惚れてゐると、飛んでもない古さも良さもないものを掴んでしまふことがある。だから銘※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、「款」の俗
前へ
次へ
全13ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小野 賢一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング