繪付と上繪付】
今云つた繪付を下繪付といふに對し釉の上に文樣を描いたのを上繪付といふ。赤繪類がさうである。即ち釉がかゝつて一旦燒上つた器物の上に更に低火度で文樣を描いたのである。此外に、この上繪と下繪と双方兼ね用ひた裝飾もやつてゐる。
この文樣を釉の上や下に描くといふことは、器物を美くしくみせるためであることは無論である。この裝飾法は器物を更によく見せる爲めと器物の物足らなさを補ふ場合とある。面とりといふ――李朝期の壺や瓶に多いが、六面か八面に面を切り落して角度をつけ裝飾してゐる。それだけでいゝのだが、そこに或はゴスで、或は鐵(黒)や辰砂(赤)で下繪をつけて裝飾してゐる。面とり其物だけの裝飾でいゝのだが、更に各面に變化をみせるため繪付をしてゐる。これは面とりの特長を一段と強調したのである。
また、器物の欠陷を補ふために裝飾することもある。高麗青磁などの發生も、支那の青磁技法を輸入したけれども、胎土や釉のため、支那ほどの美くしさにあがらない。雨過天青とか秘色とかいふほどの美くしさでなく、幾らか鼠がゝつた青磁となる。そこで其の欠陷(?)を補ふために鐵で文樣を描いたり、白土を化粧がけした刷毛目の裝飾法だとか、象嵌して裝飾する雲鶴手とか、是等の技巧を併せて用ひた裝飾とか、各種の裝飾法が發達したのではあるまいかと云はれてゐる。日本における燒物とても同樣で、欠陷を補ふために一種の裝飾技法が發達した場合がある。
【伯庵の茶わん】
かういふ事は例になるかどうか分らないが、やかましい伯庵の茶わんの如き、瀬戸で生れたものであらうが、あの茶わんは誰が見ても上手《じやうて》なものといふより、一種の雜器といつた方が當るかもしれない。伯庵茶わんの見どころが幾個所あるなどいふが其の一つに銅か鐵が發色したと思はるゝ海鼠《なまこ》の雪崩《なだれ》がある。これは赤や藍や白など、一種の面白い發色をしてゐる、そのくすりのなだれは茶わんの胴にはいつてゐる一本の紐から出てゐる。この紐といふのはロクロを※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、25−7]す時に小砂利か何かゞあつて茶わんの表へ疵がついて線を引いたのかもしれない。そこで、この銅か鐵の發色であるが偶然こゝに發色する成分があつたのか、或は意識的につけたのか、それはわからない。しかし、或はそこに欠陷があつて疵を塗り潰すために有合せの銅か鐵の※[#「※」は「土へん+尼」、26−1]漿を一寸塗りつけておいた。それが面白く發色して流れたのかもしれない。これなど一寸考へた想像で何の據りどころもないのであるが、斯ういふ欠陷を補つた裝飾が一種の景色を構成する場合もあることを言ひたいのであつて、伯庵の茶わんが皆さうであるといふわけではないのである。斯ういふ場合も想像されるといふまでゞある。
朝鮮の南方で出來た鉢の中に底部を鐵藥で埋めたのがある。これは高臺削りか何かで底に疵が出來たので、そこをつくろふため身邊に有合せの鐵藥を塗抹しておいた――それがうまく疵をかくし、一種の景色を成してゐるものが出土品の中から往々發見される。これなども欠陷が補はれたのである。しかし、こゝでいふ欠陷といふのは、是等の茶わんの偶然的な補足手段をいふのではない、本質的に生地とか釉藥とか又は形の上に欠陷があつて、これを補ふために下繪や上繪や釉藥の力を借りることをいふのである。
釉の變化、窯中の神秘、天目釉、飴、黄、織部、志野、その他いろ/\の釉の發生の動機や釉と時代との變化を考へてゆくと興味津々たるもので、同じ黄瀬戸といつても時代が變る毎に黄色がちがつてくる。初めは黄色でなく、自然にほのかなる黄色を呈するのを發見して、そのほのかなる黄色を追うて黄色を強調していつたのではないかと思はれる黄瀬戸――それが後代の、また現代のあの黄瀬戸になるまでの釉の變遷は又一種の時代史である。時代が喜ぶからこそ其の裝飾法も永くつゞく。が、然し原始時代の故意に飾らざる美くしさが滅びて、如何にも黄瀬戸がらんとする黄色が横行するやうになつた。また、媒溶劑にしても、昔は如何なる木の灰を用ひたか、その木は今日あるかないか、あつても容易に得られないのか、兎に角「どんなに鯱鉾立をしても古い黄色は出ません」と工人がいつてゐる今日である。灰分の媒溶劑を使つてゐることは分つてゐるが今日の科學を以てしても出來ないところにやきものゝ面白味があるのである。
【ロクロ】
ロクロを廻すのに、今日のロクロは餘りに器械的に鮮やかに廻るために、昔のやうな、おほらかな物が出來ない。「ガタ/\するロクロでも探して來ないと、あんなのんきなロクロはひけない」と今の工人はいふ。ガタ/\したロクロで充分間にあつた「時代」といふものを矢張考へないではゐられない。
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古さ
【傳統】
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