ったのです。お金がもはや頼りにならないことは事実が否応なしに教えた筈です。物と雖もやがて同様です。結局それは過去の残骸です。否そればかりでなく、過去の記憶にすら捉われてはならない時です。一切を棄て切って勇ましく奮い立つもののみ将来に向って生き得るのだということをほんとに腹から知ってもらいたいというのです。
 家内は私の行動があまりに突飛であり自分のことを思わないばかりでなく、妻子の幸福を全然念頭に置かない残酷な行動だったと恨んでいることが手紙の中などからよくうかがわれます。無理からぬことと思います。(家内はもともと消極的な女で実につつましい片隅の家庭生活の幸福だけを私に望んでいたので、所謂私の世間的な出世や華々しい成功などは寧ろ嫌っているのでありました。)だが私には迫り来る時代の姿があまりにもはっきり見えているので、どうしても自分や家庭のことに特別な考慮を払う余裕が無かったのです。というよりもそんなことを考えたとて無駄だ、一途に時代に身を挺して生き抜くことのうちに自分もまた家族たちも大きく生かされることもあろうと真実考えたのでありました。(ここは誠に説明のむつかしいところです。結局「冷
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