から、それこそ庭の隅にでも埋めて置いてくれて結構です。――その上に白梅の枝でも植えておいてもらえばこの上ありません。
次に、これは申すまでも無いかと存じますが、英子の行動は今後自由勝手たるべきこと。私は何等特別の注文はありません。楊子の将来についてもこれまでいろいろのことを空想まじりで希望がましく述べたりしましたが、それも今は何等特別の指示は致しません。今後の諸情勢と楊子自体の希望によって決定さるべきものであり、英子と雖も単に親切な助言者以上の役割を努める以外に、自分の意思を強いても無駄であると知るべきでしょう。云うまでもありませんが、私の家を存続するとか、尾崎の名を伝えるとかいう気もありませんから、「養子」などのことは毫《ごう》も特別考慮の必要ありません。只一つの希望は将来楊子が夫を持つ場合お母さんをも大事にしてくれる人を選んでほしいということだけです。
私が妻子に只一つ大きな声で叫びたいことは、「一切の過去を忘れよ」「過去を棄てよ」ということです。私が昔からそれとなく云いつたえ、ことに過去二年九カ月にわたって何とかして分からせたいと考えて云ったり書いたりしたことはただそれだけだったのです。お金がもはや頼りにならないことは事実が否応なしに教えた筈です。物と雖もやがて同様です。結局それは過去の残骸です。否そればかりでなく、過去の記憶にすら捉われてはならない時です。一切を棄て切って勇ましく奮い立つもののみ将来に向って生き得るのだということをほんとに腹から知ってもらいたいというのです。
家内は私の行動があまりに突飛であり自分のことを思わないばかりでなく、妻子の幸福を全然念頭に置かない残酷な行動だったと恨んでいることが手紙の中などからよくうかがわれます。無理からぬことと思います。(家内はもともと消極的な女で実につつましい片隅の家庭生活の幸福だけを私に望んでいたので、所謂私の世間的な出世や華々しい成功などは寧ろ嫌っているのでありました。)だが私には迫り来る時代の姿があまりにもはっきり見えているので、どうしても自分や家庭のことに特別な考慮を払う余裕が無かったのです。というよりもそんなことを考えたとて無駄だ、一途に時代に身を挺して生き抜くことのうちに自分もまた家族たちも大きく生かされることもあろうと真実考えたのでありました。(ここは誠に説明のむつかしいところです。結局「冷
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