屈はなしに怨めしいんで……」
「…………」
「何もお光さんで見りゃそんな気があって言ったんじゃあるめえが、俺がいよいよ横浜《はま》へ立つという朝、出がけにお前の家へ寄ったら、お前が繰り返し待ってるからと言ってくれた、それを俺はどんなに胸に刻んで出かけたろう! けれど、考えて見りゃ誰だってそのくらいのことはお世辞に言うことで……」
「金さん!」と女は引手繰《ひったく》るように言って、「お世辞なんてあんまりだよ! 私ゃそんなつもりじゃない。そりゃなるほど、口へ出しては別にこうと言ったことはないけれど、私ゃお前さんの心も知っていたし、私の心もお前さんは知っていておくれだったろう。それだのに、今さらそんな……」
「まあいいやな」と男は潔《いさぎよ》く首を掉《ふ》って、「お互いに小児《がき》の時から知合いで、気心だって知って知って知り抜いていながら、それが妙な羽目でこうなるというのは、よくよく縁がなかったんだろう! いや、こうなって見るとちと面目ねえ、亭主持ちとは知らずに小厭《こいや》らしいことを聞かせて。お光さん、どうか悪く思わねえでね、これはこの場|限《ぎ》り水に流しておくんなよ」
「どうも
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