有難し。一同拍手頓首し、一々御酒を頂戴して退く。
 湖畔に來りて、天を仰げば、さきの明月は早や雲に隱れて、天地全く暗黒也。心ともなく思はれて胸に動悸の波うちしは、我のみにもあらざらむ。一旅店に就いて各※[#二の字点、1−2−22]辨當を食ひ、休息する間にも、心は一つ、他の雜談なし。甘酒茶屋までは、七つ八つの提燈をたよりに來りしが、休息して茶屋に渇を醫し、立ち去らんとすれば、三個の松明を呉れたり。茶代を置かんとすれど、受取らず。嗚呼日本國民は、山中に茶屋を營むものまでも、金よりは義が重き也。その呉れたる松明は、長さ七八尺もある所謂箱根竹を束ねたり。一個にて、十數人を照すに餘りあり。提燈は皆消し、三個の松明を燃して、夜の箱根山を下る。天地暗黒の裡、唯※[#二の字点、1−2−22]この前後數十間の間のみ赤し。石ごろ/\の嶮坂も、いと心安くすた/\歩きて京宿に來れば、村の人々、村はづれに焚火して一行を迎へ、一休憩店に導き、一行の勞を謝し、茶と力餅とを饗し、いづれ御禮參の期あるべし、その節には、大に祝ひて、酒を饗し申さむといふ。殊勝なる心掛かな。御禮參は畑宿の人の期せしのみならず、我等一行の期せ
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