べけれども、さすがに軍隊教育を受けし人達なるだけに、歩調一致し、わざ/\號令せずとも、おのずから一團となり、急進者もなければ、落伍者も無し。須雲川村に至れば、來り加はるもの一人あり。村民各※[#二の字点、1−2−22]戸前に立ち出で、一行に向つて、御苦勞樣と挨拶す。畑宿に至れば、二三人加はる。こゝも一行に挨拶すること、須雲川の如し。老平に至り、甘酒茶屋に休息するほどに、日全く暮れたり。思ひがけずも、杜宇一聲聞ゆ。聲せし方を仰げば、二子の峯、暮色の中に淡く見えて、高く天を衝く。二度とは啼かざりき。
權現坂を下りて元箱根に至り、一同湖水に手を洗ひ、面を洗ひ、口を漱ぎて身を清む。うれしや、湖上ぱつと明かになりて、半輪の月雲間に露はる。離宮のある塔ヶ島、四山の中に最も黒く見ゆ。恰も巨人の臥するが如し。湖水は眠りて、ざぶとの音だにもなし。嗚呼この月は我等の祈願の光明ぞとばかりに感ぜられ、遙に離宮の空に向つて伏し拜む。この離宮建ちてより數十年、鸞駕一たびも到らず。聖上陛下、日夜國の爲に盡瘁せさせられて、避暑避寒遊覽の御暇だにあらせず。箱根離宮建ちたるまゝにて、一度だに目のあたり御覽ぜられたること
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