逆誤れりと雖も、亦一代の壯士也。
 停車場を出でて數十間行けば、一小溝路を横切る。これ千川上水也。上水の右岸に沿ひ、上水のまゝに中仙道と別れて川越街道を行き、やがて川越街道とも別れ、上水に沿うて行くこと數町、上水の兩側に若き竝木を見る。その三分の二は櫻、三分の一は楓也。凡そ十町にして、五郎窪橋に至る。日暮れかゝりければ、目白驛さして歸途に就く。風は依然して強し。直立しては歩し難し。風に向つて上體を屈して歩くに、餘程力を入れざれば、吹倒されむとす。斯く歩くにも困難なる強風なるに、この日、青山原頭、鳥人スミス氏は飛行機の宙返りを爲したりと聞く。又風力は三十二米突にて、スミス氏は世界の飛行のレコードを破れりと聞く。嗚呼壯んなる哉。
 あくる日出直して、目白驛を過ぎ、東長崎驛を右手に見るより間もなく、昨日引返したる五郎窪橋に至り、千川上水に沿うて、上へと行く。若木の櫻あり、楓もあり。上水は道路に接す。道の兩側に家竝あり、樹林あり、麥畑あり。練馬驛あたりに至れば、人家やゝ賑ふ。而して櫻も間もなく盡きたり。櫻の區域は練馬驛附近より東長崎驛附近までの間にて、凡そ一里もあるべし。武藏野の一部に一種の風
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