小なれども、河原ひろくして氣持よく、武藏野につゞく木立果てもなく、多摩川べりの丘陵近く臥し、秩父の連山遠く立つ。このあたり多摩川の幅は六七町もあらむ。水はほんの一部分なるが、直ちに堤に接して流るゝが、この菅の堤に一層の風致を添へたり。
 櫻盡くる處より引返し、一の掛茶屋に腰をおろす。酢章魚と鮨とを注文して、腰の瓢箪を取り出す折しも、酒樽到著す。到る處、『正宗』の瓶詰に閉口して、わざ/\瓢箪をもちゆけど、樽酒の新たに來れるを見ては、樽に對してもと、下らぬ處に義理張つて、試に飮んで見たるに、田舍酒は田舍酒なるも、なまじひの『正宗』のペーパーを附けたるものなどよりは、ずつと口に適して、飮むに足る。一本飮みて、微醉を催す。今一本飮まば、ちと多し。一合だけ注文す。合せて三合、これにて程よく醉ひ、瓢箪は滿ちたるまゝにして、去つて穴澤天神に詣で、祠後の山を攀ぢて絶頂に至る。四阿あり、ベンチありて、一寸公園風になり居れり。二株の老松、殊に偉觀也。その松に瘤多きこと、他に其の比稀れ也。近く多摩川を見下し、ひろく武藏野を見渡す。後ろを見れば、丘陵又丘陵。狹き山田ありて、蛙の聲をり/\聞ゆ。東京附近にては、
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大町 桂月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング