翼に低し富士の山
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宿を朝鳥と共に立ちわかれて下る。顧みて筑波山を望めば、七合目以上には、『しが』かゝりて白し。玲瓏に非ず、模糊に非ず。雲とも見えず、雪とも見えず、又烟とも見えず。蓋し夜來の零露、曉寒に逢うて氷れるもの、土俗呼んで、『しが』とは云ふなり。北條、今鹿島、福岡、水街道を經て、この夜、野木崎村に一泊す。
宿の名を藤本といふ。旅館と料理屋とを兼ねたり。浴後、酒を命ず。土浦、筑波の宿に比して、その味大いに好し。且つ旅宿も今夜が最終なれば、安心して大いに飮む。飮むで饒舌る。酌女一人にては敵しがたしとて、又一人來たる。肴盡きて更に肴を命じ、酒は七本を倒す。興未だ盡きざれど、嚢中を想へば心細し。二圓餘りし金、四十錢を二人の女に祝儀にやりたれば、餘す所は、わづかに一圓六十錢、ぐず/\して居れば、又一人來さうな氣色なれば、已むを得ず、切り上げて眠る。枕上一絶を賦す。
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無限春風離別苦。征途有[#レ]恨君看取。我將[#二]雙涙[#一]寄[#二]孤雲[#一]。灑作[#二]筑波山下雨[#「灑作[#二]筑波山下雨」はママ]
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