点、1−2−22]甚しく、山風加はりて、窓を打つ音物凄し。向側の妓樓にて、絲肉の聲、盛んに起る。宿の娘に問へば、この地に二人の老いたる藝者あり、東京より來れるなりといふ。
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山里の蘇小老いたり春の雨
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雨の寂しきに、用事仕舞ひたらば、話しに來ずやと言ひたるを、まことに受けて、宿の娘の、年十五六ばかりなるが、茶を入れかへて、持ち來たる。浴後、白粉淡く施したれば、別人の觀あり。同胞三人、上の姉は、家に在りて養子を迎へ、中の姉は東京に出で居れり。妾も二三月の後に、東京に行かむといふ。良縁ありたるにやと問へば、唯※[#二の字点、1−2−22]かぶり振る。
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こちら向け山物凄き夜の雨
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これは、『こちら向け我も寂しき秋の暮』の出來損ひ也。澤田子側より難じて曰く、その句には季が無いと。われ戯れに答へて曰く、本當に氣が有つてたまるものかと、澤田子噴飯す。この洒落、娘には分りしや否や知らねど、同じく笑ひを添へぬ。
明くれば、風雨名殘なし。八州の野。蒼茫として、脚底に横はる。
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俊鶻の翼に低し富士の山
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宿を朝鳥と共に立ちわかれて下る。顧みて筑波山を望めば、七合目以上には、『しが』かゝりて白し。玲瓏に非ず、模糊に非ず。雲とも見えず、雪とも見えず、又烟とも見えず。蓋し夜來の零露、曉寒に逢うて氷れるもの、土俗呼んで、『しが』とは云ふなり。北條、今鹿島、福岡、水街道を經て、この夜、野木崎村に一泊す。
宿の名を藤本といふ。旅館と料理屋とを兼ねたり。浴後、酒を命ず。土浦、筑波の宿に比して、その味大いに好し。且つ旅宿も今夜が最終なれば、安心して大いに飮む。飮むで饒舌る。酌女一人にては敵しがたしとて、又一人來たる。肴盡きて更に肴を命じ、酒は七本を倒す。興未だ盡きざれど、嚢中を想へば心細し。二圓餘りし金、四十錢を二人の女に祝儀にやりたれば、餘す所は、わづかに一圓六十錢、ぐず/\して居れば、又一人來さうな氣色なれば、已むを得ず、切り上げて眠る。枕上一絶を賦す。
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無限春風離別苦。征途有[#レ]恨君看取。我將[#二]雙涙[#一]寄[#二]孤雲[#一]。灑作[#二]筑波山下雨[#「灑作[#二]筑波山下雨」はママ]
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