は二氏の外、副會長の石川光次氏も來り迎へ、翌日は會長谷中國樹氏、石川光次氏、久保十三郎氏來り謝す。會長は小絲村の字大井戸にして、歡迎會を開きしは、字福岡なりければ、狂歌を作つて曰く、
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聽衆が思つたよりも大井戸に
  調子に乘つて法螺を福岡
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 飯野村の青年會員六十餘名、會長鈴木正作氏に率ゐられて登山し、演説を請ふ。里程は四里内外、その熱心喜ぶべし。神野寺の客殿にて演説す。狂歌を作つて曰く、
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辯舌が飯野惡いの言はれても
  僕は諸君の來るを大町
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 湊町の石井滿氏來りて、湊町小學校校友會に演説せよと請ふまゝに、妻子をつれてゆく。途中、鬼涙山の山腹に櫻井といふ山村あり。下り果つれば、湊川溶々として流る。櫻井と湊川と相接せるに、處は變れど、誰か當年の楠公父子を懷ひ起さざるを得むや。
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櫻井の村を過ぐれば湊川
  正成おもふ津の國ならねど
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 石井氏に迎へられて、其家に午食す。石井氏曰く、時なほ早し。理髮店、直ぐ前に在り。理髮せられずやと。鹿野山上、理髮店なきまゝに、われ理髮せざること久し。石井氏は見かねしなるべし。さらばとて行く。店頭の時計、一時間も進めり。あまりに進み過ぎて居るに非ずやと云へば、然り、わざと進めたるなり。今日は早く店を休みて、御演説を拜聽せむとす。仕事は今日に限りたるに非ず。先生の御演説は、今日を除きて、また拜聽するの時あらむやといふ。口先ばかりのお世辭では無きやう也。石井氏の老大人、一代にて身上を起し、鉅萬の財を積みけるが、慈善心に富みて、能く散じ、村人之を仰ぐこと神の如しなど物語るに、われ圖らずも、石井氏の由來を知り、いとゞ感激に堪へざりき。

        四 山中の一軒家

この夜、石井氏の家に宿し、翌日佐貫を經て歸らむとすれば、石井滿氏、小學校長谷中市太郎氏と共に送り來りて、湊河口の濱邊に逍遙し、終に旗亭に淺酌して相別る。佐貫にて自動車を下りて徒歩す。暑さ甚だし。四郎おくれがちにて、ぐず/\いふ。背に負へば忽ち元氣になる。昨夜の歡迎會に、五分演説を爲したる者もあり、土地の俗謠を歌ひたるものもあり。その俗謠を思ひ出して、
[#天から2字下げ]鬼涙山から飛んで來た烏
と云へば、背中の上にて、『鬼涙山から飛ん
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