、あきれ顔なる賤の女の、さすが手拭に顔のなかばは包みて、しどけなきもすその脛もあらはに血のにじみたる跡あるは、人目をしのぶ路の、いばらなどにきずつけられしにやとあはれなり。
 千里雲へだたりて、明月むなしく両地の情を照す秋の夕べ、昔は共にこの月に泣きたる事もありしと、そゞろにうらがなしく、年の十とせ、満身の血の半ばは詩に灑ぎ、半ばは恋に灑ぎて、思ひ絶えなむとする今宵、月に向ひて腸をたつ我身の影さびしく、たゝみの上に累々として細し。
 両毛の間に遊びて、妙義山を下りしとき、もてる銭悉くつきて、今は食を得るに由なく、飢をしのびて、昨夜は稲田のあぜに眠り、今宵は路ばたの材木の上に眠らむとせしに、蚊多くして眠られず。よろめく足を踏みしめて、あゆむ行手に、ひろき瓜田あり。金銀財宝とは異なりて、天地のつくりなせるものをしばらくかりて我飢を医せんにはと、心むら/\と乱れて、あはやわれ履を瓜田に入れむとせし刹那、我影のあまりに明かなるに、仰げば隈なき一輪の月魄、天つ御神のにらみたまふかと思はれて、そゞろに身の毛よだち、穴あらばとばかりに身をちゞめて、月を拝みてぞ泣きし。



底本:「日本の名随筆58
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