気がつかないのです。それにあの男は、大変神経質で気の小さな男ですから、うっかり注意してやっても、却《かえっ》て悪い結果を齎《もたら》してはと思いまして、それとなく機会を覗《うかが》っていたのです。ところが、つい四、五日前に、二人で岳陰荘を使いたいからと申込まれましたので、早速貸してやりました。けれども、昨日《きのう》東京を出発の際、私共夫婦で見送りに出たんですが、てっきり二人だけと思っていたのに、川口の細君も同行するのだと云ってついて来ているので、少からず驚いた次第でした。何も知らない川口は川口で、当分滞在するのだなどと、すっかり無邪気に躁《はしゃ》いでいますし、私共は大変心配しました。……で、こちらへ移って、三人だけの生活がどんなになるかと思うと、うっかり私も堪らない気持になりまして、発車間際の一寸《ちょっと》の隙をとらえて、ついそれとなく川口に『あちらへ行ったら、不二さんに注意しなさい』と言ってやりました。……後で、後悔したのですが、やっぱりこれが悪かったのです」
「と被仰《おっしゃ》ると?」
 司法主任の声は緊張している。
「つまり……私が……」
 白亭は一寸戸惑った。
 すると
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