も[#「なんとも」は底本では「何となく」と記載]お気の毒な次第で……なんでも、あとから伺《うかが》ったことでございますが、奥様は簡単な書置きをお残しになって、自分はどこまでも潔白であるが、お疑いの晴れないのが恨めしい、というようなことを、旦那様あてにお残しになったということですが、そのお手紙を持って、人形町からの使いが、奥様の急死を旦那様へお知らせに来ました時にはさすがの旦那様も、急にお顔の色がサッとお変わりになりました。
 ――いや皆さん。ところが学者というものの偏屈さを私はその時しみじみ感じましたよ。……とにかく、命を投げだしてまで身の潔白を立てようとなさった奥様ではございませんか、よしんばどのような罪がおありなさったとしても、仏様になってからまで、そんなにつらくお当たりになることもないんですのに、ところが旦那様は、一旦離縁したものは妻でも親族でもないとおっしゃって、青い顔をなさりながらも、名誉心が高いと申しますか、意地が悪いと申しますか、お葬式にさえ、お顔をお出しになろうとなさらなかったのでございます。そうして、私共の気を揉《も》むうちに、どうやら御実家のほうだけで御葬儀もすんでしまい、あの取り込みのあとの言いようのない淋しさが、やって来たのでございます。……
 ――さて、これで、このまま過ぎてしまえば、なんでもなかったのでございますが、実を申しますと、いままでのお話は、ほんの前置きでございまして、話はこれから、いよいよ本筋に入り、とうとう皆様も御存知のような、恐ろしい出来事が持ち上がってしまったのでございます。
 ――ところで、いちばん初め、旦那様の素振《そぶ》りに変なところの見えだしましたのは奥様の御葬儀がおすみになりましてから、三日目のことでございました。いまも申し上げましたように、旦那様は偏屈をおっしゃって、御葬儀にも御出席になりませんでしたが、旦那様はそれでいいとしましてもお世話になりました私共がそれではすみません。それで、なんとかして、せめてお墓参りなどさしていただきたいものと存じまして、それとなく旦那様にお願いいたしましたところ、それまで表面はかなり頑固にしてみえた旦那様も、さすがに内心お咎《とが》めになるところがあるとみえまして、
「では、わしも、陰ながら一度|詣《もう》でてやろう」
 とおっしゃいまして、早速お供を申し上げることになったのでご
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング