ざいます。抜き打ちの御質問でびっくりした私が、声も出せずに黙ってうなずきますと、その若い利巧そうなお医者様は、
「では、これから、そのお墓まで連れて行ってくれませんか」
 と今度は警官のほうへ向き直って、
「ねえ警部さん。この線香の束は、まだこれから使うつもりの新しいものですよ。ひとつこれから、谷中の墓地へ出掛けて、こいつをここへ忘れて行った、その恐ろしいものにぶつかって見ませんか?」
 とまアそんなわけで、それから十分ほど後には、もう私共は警察の自動車に乗って、深夜の谷中墓地へやって来たのでございます。
 墓地の入口のずっと手前で自動車を乗り捨てた私共は、お医者様の御注意で、お互いに話をしないように静かに足音を忍んで、墓地の中へはいったのでございますが、ちょうどそのとき雲の切れめを洩れた満月の光が、見渡す限りの墓標を白々と照らし出して、墓地の周囲の深い木立が、おりからの夜風にサワサワと揺れるのさえ、ハッキリと手にとるように見えはじめたのでございます。――いや全くこの時のものすごい景色は、案内人で先へ立たされていた私の頭ン中へ、一生忘れることのできないような、なんて申しますか、印象? とかいうものを、焼きつけられたんでございます。
 ――ところが、それから間もなく、奥様のお墓の近くまでやって参りました私は、不意にギョッとなって立ち止まったのでございます。――見れば、まだ石塔の立っていないために、心持ち窪んで見える奥様のお墓のところから、夜目にもホノボノと、青白い線香の煙が立っているではありませんか。
「ああ、確かあの、煙の立っているところでございます」
 もう私は、案内役ができなくなりましたので、そう言ってふるえる手で向こうを指差しながら、皆様に先に立っていただきました。するとお医者様が真っ先になって、ドシドシお墓のところまでお行きになりましたが、立ち止まって覗《のぞ》き込むようにしながら、
「こんなことだろうと思った」
 そういって、私達へ早く来い――と顎をしゃくってお見せになりました。続いてかけつけた私達は、ひとめお墓の前を覗き込むと、その場の異様な有様に打たれて、思わず呆然《ぼうぜん》と立ち竦んだのでございます。
 ――黒々と湿った土の上に、斜めに突きさされた真新しい奥様の卒塔婆《そとば》の前には、この寒空に派手な浴衣地の寝衣を着て、長い髪の毛を頭の上でチョコ
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