出された黄楊櫛には、なんと旦那様のお手に握られていたのと全く同じ髪の毛が三、四本、不吉な輪を作って梳《す》き残されておりました……。
――いや全く、その時私は、たった今しがた、その鏡台の前に坐って、澄み切った鏡の中へ姿を写しながら乱れた髪をときつけて消え去って行った恐ろしいものの姿が、アリアリと眼に見えるような気がして、思わず身震いをくりかえしたのでございます。
――ところで、この時私は、またしても忌《い》まわしいものをみつけたのでございます。それは、この鏡台の前に来て初めてみつけることができるような、部屋の隅の畳の上に、落として踏みつぶされたらしい真新しい線香、それも見覚えもない墓前用の線香が、半分バラバラになって散らばっているのでございます。なんという忌まわしい品物でございましょう。私は思わず目をつむって、誰へともなく、心の中で掌を合わせたものでございます。そして私は、もうこれ以上これらの忌まわしい思いを、自分一人の中に包み切れなくなりまして、おりから、私へのお調べの始まったのを幸いに、奥様の御離縁からお亡くなりになった御模様。続いてあの谷中の墓地での旦那様のおかしな御容子から、今日いまここに到るまでの気味の悪い数々の出来事を、逐一《ちくいち》申し上げたのでございます。
――すると、それまで私の話を黙って聞いていた、金筋入りの肩章をつけた警官は、かたわらの同僚のほうへ向き直りながら、
「どうもこのお爺さんは、亡くなられた奥さんが、幽霊になって出て来られた、と思ってるらしいんだね」
そういってニタリと笑いながら、再び私のほうへ向き直っていわれるのです。
「成程《なるほど》、お爺《じい》さん。これだけむごたらしい殺し場は、生きている人間の業《わざ》とは、ちょっと思われないかも知れないね。しかし、これも考えようによっては、ただの女一人にだってできる仕事なんだよ。たとえばね。あの窓の鉄棒を抜きとるにしたって、なにもそんなお化《ば》けじみた力がなくたって、よくある手だが、まず二本の鉄棒に手拭《てぬぐい》かなんかを、輪のように廻してしっかり縛るんだ。そしてこの手拭の輪の中になにか木片でも挿《さ》し込んで、ギリギリ廻しながら手拭の輪を締めあげるんだ。すると二本の鉄棒は、すぐに曲がって窓枠の※[#「※」は「木+内」、第3水準1−85−54、362−3]から外れてしまう。
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