った。
 直ぐ眼の下の窪地に、まがいもないクリーム色のクーペが、真黒な腹を見せて無残な逆立ちをやっている。
 警部補も大月氏も無言で窪地へ飛び下りると、クーペの扉《ドア》を逆さのままにこじ[#「こじ」に傍点]開けた。
「おやッ」と警部補が叫んだ。
 自動車《くるま》の中は藻抜けの空《から》だ。けれどもやがて大月氏は、屈み込んで、操縦席の後のシートの肌から、血に穢《よご》れて異様にからまった、長い、幾筋かの白髪《しらが》を掴みあげた。
 全く無残なクーペの姿だった。硝子《ガラス》と云う硝子《ガラス》は凡《すべ》て砕け散り、後部車軸は脆《もろ》くもひん[#「ひん」に傍点]曲って、向側の扉《ドア》は千切り取られて何処かへはね飛ばされていた。細々《こまごま》とした附属品なぞ影も形もない。
 けれども間もなく人々は、その千切り取られた扉口から向うの雑草の上にまで、点々として連らなる血の痕をみつけた。犯人は、負傷こそすれ奇蹟的に助かっているのだ。人々は直ぐに血の痕をつけはじめた。
「こりゃア、髪の白い娘――と云うことになったね……ふン、いったいあなたは、どんな証拠を押えたんです? そのナイフと云う
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