、あとは墨のような闇だったのだが、直ぐにその闇の中に、何処からか洩れて来る強烈な光に照らされて、いま自動車が通り越したばかりの道端の道路標識が、鮮やかにも浮きあがるのだ。そしてその幻のような闇の中の標識は浮きあがるかと見れば直ぐに消え、やがてまた浮きあがり直ぐに消え、見る人々の眼の底に鮮やかな残像をいくつもいくつもダブらせて行くのだった。
「偶然の悪戯《いたずら》ですよ」大月氏が云った。「あれは、直ぐ横の小山の向うから、斜めに差し込む航空燈台の閃光です。つまりこちらから見ると、向うの左曲りのカーブを教えるために正しく左曲りを示している暗《やみ》の中の標識が、閃光に照らされた途端に、後ろの窓を抜けて、前のこの硝子《ガラス》窓へ右曲りの標識となって、写るんです。……クーペはルーム・ライトを消してたし、前の谷が空気は清澄で、ヘッド・ライトは闇の中へ溶け込んでいます。おまけにこの硝子《ガラス》は、少しばかり傾斜していますので、反射した映像は、操縦席で前屈みになっている人でなくては見えません。……でも、それにしても、ふッと写ったこの虚像を、本物と見間違えて谷へ飛び込むなんてただの人間[#「ただの
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