へ走らせ、自分は部下を連れて堀見氏の別荘へ駈けつけて来た。続いてやって来た警察医は、押山の死因をナイフ様の兇器で心臓へ二度ほど突き立てた致命傷によるものと鑑定した。二つの傷の一つは、突きそこなったのか横の方へ引掻くようにそびれていた。殺されてからまだ一時間もたっていない死体だった。
 夏山警部補は、キヨをとらえて、とりあえず簡単な訊問を始めた。すっかりあが[#「あが」に傍点]ってしまって、少からずへどもどしながらもキヨは、事の起ったままをあらまし答えて行った。
「……なんでもそんなわけでして、昨晩《ゆうべ》押山様は、大変遅くまで外出なさり、お酒を召してお帰りのようでしたが、それから私達はグッスリ眠りましたので、大月様とかからお電話を頂くまでは、なんにも知らなかったんでございます」
 キヨがそう結ぶと、夏山警部補は、玄関から外へ出て見たが、そこで車庫《ギャレージ》の方へ歩きながら警部補は、懐中電燈の光で、地面の上の水溜りの近くに、車庫《ギャレージ》の方へ向って急ぎ足についている女の靴の跡を、二つ三つみつけ出した。
 車庫《ギャレージ》には自動車《くるま》はなくて、油の匂いが漂っていた。
 夏山警部補は、暫くの間、空《から》の車庫《ギャレージ》をあちこちと調べていたが、やがて「ウーム」と呟くように唸ると、屈みながら顫える手でハンケチをとり出し、そいつで包むようにしながら、床のたたきの上からキラリと光るものを拾いあげた。
 血にまみれたナイフだった。それも、見たこともないような立派なナイフだった。見るからに婦人持らしい華奢な形で洒落《しゃれ》た浮彫りのある象牙の柄《え》には、見れば隅の方になにか細かな文字が彫りつらねてある。警部補は、片手の電気を近づけ、覗き込むようにして見た。
(第十七回の誕生日を祝して。1936. 2. 29)
 警部補は見る見る眼を輝かしながら、そおっとナイフをハンケチに包むようにしてポケットへ仕舞い込み、そのまま急いで母屋《おもや》のほうへやって来ると、そこでまごまごしていたキヨをとらえて早速切りだした。
「時に、あんたは、歳《とし》はいくつだ? もう五十は越したな?」
「いいえ、まだ、わたし恰度でございます。恰度五十で……」
「ふむ。では、あんたの娘さんは?」
「敏《とし》やでございますか? あれは十八になりますが……」
「じゃア、エヴァンスさん
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