「45」は縦中横]ノ附近ヲ、北北東ニ向ウ大鯨群アリ――それほどの大鯨群でもないんだが」と東屋氏は笑いながら、「そうそう、序《ついで》に発信者を――貨物船えとろふ丸――とでもしといて下さい」
「えとろふ丸、はよかったですね」
船長が苦笑《にがわらい》した。
「いや、こんな場合、うそも方便ですか。釧路丸の船長《マスター》は、代りの砲手を雇ったんですから、鯨と聞いたら、じッとしてはいませんよ」
間もなく船は、スピードをグッと落して、遠くに上る潮の林を目標にして、見え隠れ鯨群のあとをつけるのだった。船足は、のろのろと鈍くなったが、船の中の緊張は、一層鋭く漲《みなぎ》り渡って来た。
東屋氏は、双眼鏡《めがね》を持って、グルグルと水平線を見廻していたが、やがてひと息つくと、水上署長へ、
「昨晩お訊ねしたあの釧路丸の最高速度ですね。あれは、確かに十二|節《ノット》ですね?」
「間違いありません」
署長が、気どって云った。
東屋氏は頷きながら、今度は船長へ、
「欝陵島から根室まで、最短距離をとって、八百|浬《カイリ》もありますか?」
「そうですね。もっとあるでしょう。八百……五、六十|浬《カイリ》も、ありますかな? しかしそれは、文字通りの最短距離で、実際上の航路としては、それより長くはなっても、短いことはありませんよ」
「ああ、そうですか」
東屋氏は、再び双眼鏡《めがね》を覗き込む。
雲の切れ目から陽光《ひかげ》が洩れると、潮の林が鮮かに浮きあがる。どうやら仔鯨を連れて北へ帰る、抹香鯨《まっこうくじら》の一群らしい。船は、快いリズムに乗って、静かに滑り続ける。
やがて一時間もすると、無電の効果が覿面《てきめん》に現れた。最初右舷の遥か前方に、黒い小さな船影がポツンと現れたかと思うと、見る見る大きく、捕鯨船となって、その鯨群を発見《みつ》けてか、素晴らしい速力《そくど》で潮の林へ船首を向けて行った。
「さア、あの船に感づかれないように、もっと、うんとスピードを落して下さい」
隼丸は、殆んど止まらんばかりに速度を落した。人々は固唾《かたず》を呑んで双眼鏡《めがね》を覗いた。捕鯨船は、見る見る鯨群に近付いて、早くも船首にパッと白煙を上げると、海の中から大きな抹香鯨の尻穂《しっぽ》が、瞬間跳ね曲って、激しい飛沫を叩きあげた。――しかし、人々は、苦笑しながら双眼鏡《めがね
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