う」と亭主は身をそらして腕を組みながら、「そんな風じゃ、岩倉の見込みの悪くなるのも、ムリはないな……どうもこいつア、成る程大きな事件になりそうだな。なに[#「なに」に傍点]かがあるぜ。そこんとこに……」
「うン大有りだ。確かになに[#「なに」に傍点]かがある……どうも、俺の思うには、あの北海丸が沈んだ時に、生き残った砲手の安吉が、いったいどうして釧路丸なんかに乗り込んでたか、ってのがまず問題だと思うよ……むろん俺は安吉が、大ッぴらで釧路丸に乗ってたのなんか、見たことアないが、昨夜、安吉を殺した釧路丸の船長《マスター》が、代りの砲手を雇って消えたってんだから、いままで安吉は、釧路丸に乗り込んでいたってことに、ま、理窟がそうなる」
「待ちなよ……」とこの時亭主は首を傾《かし》げながら、「あの北海丸が沈んだ時に、一番先に駈けつけたのが釧路丸だったんだから……そうだ。安吉は、運よく釧路丸に救い上げられたんじゃアないかな?」
すると今まで、気の抜けたようにボンヤリして、二人の話を聞いていた安吉の妻が、顔を上げて云った。
「お前さん。それならなぜ安吉は、直ぐその時に、救けられたって、喜んで帰ってくれなかったのさ」
「う、そこんとこだよ」と丸辰が弾んで云った。「救けられても、直ぐに帰って来なかったと云うんだから、俺ア、そこんとこに、なに[#「なに」に傍点]かこみ入った事情があると思うんだ。帰って来たくなかったのか……それとも、帰りたくても帰れなかったのか?」
「まさか、監禁されてたわけでも……」と亭主は不意に顔色を変えて、「おい、とっつあん。……北海丸は、どうして、何が原因で沈んだんだったかな?」
「え? なんだって?」と丸辰は、顔をしかめて暫く考え込んだが、「……まさか、お前は、釧路丸が故意に北海丸を……いや、なんだか気味の悪い話になって来たぞ……こいつアやっぱり、鯨の祟りが……」
そう云って、ふと口を噤《つぐ》んでしまった。
表扉を開けて、若いマドロスが二人はいって来た。椅子について顎をしゃくった。安吉の妻が煩わしそうに立上って、奥へはいってしまうと、亭主は起直って、客のほうへ酒を持って行った。
「しかし、とっつあん。どうして又お前さんは、そんなに詳しく警察のほうの事情が判ったんだい?」
再び元の席へ帰って来た亭主は、調子を改めてそう云った。すると丸辰は、思いついたよ
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