このランプ室でいったいなにを見たと思う?……破《わ》れた玻璃窓でもない。こわれた機械でもない。友田看守の死体でもない。いいかい。二人の生きた人間を見たのだよ!……恐ろしい罪を犯し、それをまたきびしい父親にみつけられて、半狂乱で玻璃窓の外から、真逆様《まっさかさま》に海中へ飛び込んだ救うべくもない不幸な娘と、それから、もう一人……蛸《たこ》のようにツルツルでグニャグニャの、赤い、柔らかな……そうだ、精神的なショックや、過労の刺戟《しげき》のために、月満たずして早産《うま》れおちたすこやかな彼の初孫《ういまご》なんだ!……」
わたしは思わずハッとした。
――ああそうか、そうだったのか! それでこそあの怪しげな呻き声も、のたうつような戦慄《せんりつ》陣痛の苦悶《くもん》であり、奇妙な風船笛のような鳴き声も、すこやかな産声《うぶごえ》であり、怪しげな濁《にご》り水《みず》も、胎児の保護を終えた軽やかな羊水であったのか、とわれながらいまさらのように呆《あき》れ返るのだった。そして可愛《かわい》い初孫の顔を見た瞬間に、勃然《ぼつぜん》として心の底に人間の弱さをおぼえた風間老看守の心境も、なんだ
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