》を振るって看守の頭へ打ち下ろす。そして自分の犯した恐ろしい罪に戸惑いながらも、犯跡を晦《くら》ますために暴れ石のからくりを弄《ろう》する……そうだ、これはまた、前から組み立てていた灯台破壊の計画と見てもいい……」
「じゃあ、いったい、あの恐ろしい化け物はどうなるんです」
 わたしは思わず口を入れた。
「そんなものはなかったよ」
「だって、あなた自身」
「まあ待ちたまえ。話をぶちこわさないでくれたまえ……あの親爺《おやじ》さんは、大変厳格で正直で責任感が強く、ただでさえ白い眼で見ていた娘の、こんなにも大それた罪を許そうはずはない。けれども、それにもかかわらず、物音を聞いてここへかけ登って来た瞬間から、老人の気持はガラッと変って、生涯に一度の大嘘《おおうそ》をついて化け物を捏造《ねつぞう》し、娘の罪を隠し始めたのだった」
「だってそうすると、この化け物の狼藉《ろうぜき》の跡は、いったいどうなるんです。この怪しげな水や、三田村さんもたしかに聞いたというあの呻《うめ》き声や、変な鳴き声は?」
「まあ聞きたまえ……ね、あのとき、蝋燭をともして恐怖にわななきながら、その階段を登って来た老看守は、このランプ室でいったいなにを見たと思う?……破《わ》れた玻璃窓でもない。こわれた機械でもない。友田看守の死体でもない。いいかい。二人の生きた人間を見たのだよ!……恐ろしい罪を犯し、それをまたきびしい父親にみつけられて、半狂乱で玻璃窓の外から、真逆様《まっさかさま》に海中へ飛び込んだ救うべくもない不幸な娘と、それから、もう一人……蛸《たこ》のようにツルツルでグニャグニャの、赤い、柔らかな……そうだ、精神的なショックや、過労の刺戟《しげき》のために、月満たずして早産《うま》れおちたすこやかな彼の初孫《ういまご》なんだ!……」
 わたしは思わずハッとした。
 ――ああそうか、そうだったのか! それでこそあの怪しげな呻き声も、のたうつような戦慄《せんりつ》陣痛の苦悶《くもん》であり、奇妙な風船笛のような鳴き声も、すこやかな産声《うぶごえ》であり、怪しげな濁《にご》り水《みず》も、胎児の保護を終えた軽やかな羊水であったのか、とわれながらいまさらのように呆《あき》れ返るのだった。そして可愛《かわい》い初孫の顔を見た瞬間に、勃然《ぼつぜん》として心の底に人間の弱さをおぼえた風間老看守の心境も、なんだ
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