に立会って貰うと、庭下駄の跡に踏みつけられた広告ビラの前へ屈み込んで、もう一度改めて考えはじめた。
――「カフェー・ルパン」の広告ビラ。これは確かにあのチンドン屋の撒き捨てていったものに違いない。すると、この広告ビラが先に投げ込まれたのか? それとも二人の犯人が先にここを通ったのか?……けれども目前の事実はビラが先に投げ込まれて、その後から二人の犯人が出て来て、庭下駄で知らずにビラを踏みつけた、としか解釈出来ない。そうだ。この事実に間違いはない。すると……すると、チンドン屋は、犯人がこの小門を出て行く前に、つまり惨劇の起きるより先に、この門前を通ったことになる……それでいいか? それでいいのか?……駄目駄目。チンドン屋は、事件の後から通った筈だ。……まるで理窟になっとらん!
蜂須賀巡査は苛立たしげに立上った。
――そうだ。兎に角、一度チンドン屋に当ってみよう。そしてあのチンドン屋が、ひょっと犯行の前にも此処を通ったかどうか? まずあり得ない筈だが、念のために確かめてみよう。
そこで蜂須賀巡査は秋森家を出て、石塀沿いに東の方へ歩きだした。
――若《も》しも、思った通りチンドン屋が、犯行後にビラを投げ込んだのが確かであったなら……あの犯人の足跡は……そうだ。恐ろしい罠だ。恐ろしい詭計だ……。
蜂須賀巡査は、考え考え歩き続けた。ところが、茲《ここ》ではからずも蜂須賀巡査は、またしてもひとつの不可解な問題にぶつかってしまった。
恰度秋森家の表門の前の犯行の現場まで来ると、何に驚いたのか蜂須賀巡査は不意に立停ってしまった。そしてじっと前方を見詰めたまま、頻りに首を傾げ始めた。が、やがていまいましそうに舌打すると、少からず取乱れた足取で大股に歩き始めた。そしてアパートの前まで来ると、さっさと玄関へ飛び込んで、受付へ、
「吉田雄太郎君を呼んで呉れ給え」
と云った。
訊問の立会で神経がくたくたに疲れてしまった雄太郎君は、自分の室で思わずうつらうつらしていたが、吃驚《びっくり》して飛び起きると大急ぎで階段を降りて来た。そして蜂須賀巡査の顔を見ると、
「また何か起ったんですか?」
「いや、なんでもありませんが、一寸|貴方《あなた》に訊き度い事があるんです。済みませんが、一寸そこまで」
そう云ってもう歩き出した。
「いったい何です?」
雄太郎君は蜂須賀巡査の後に従い
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