警官が、蝉《せみ》をつかまえるようにして捕えたのだ。「怪我人」は「歌姫」と違って少しばかり抵抗した。が、直ぐに大人しくなって本署へ連れて行かれた。
 この報告を線路の踏切小屋の近くで受取った司法主任は、駈けつけた警官に向って直ちに口を切った。
「で、その気狂いは、着物かどこかに血をつけていなかったか?」
「ハア、少しも着けていません。ただ、どこかへ寝転んでいたと見えて、頭の繃帯へ藁《わら》屑みたいなものを沢山つけていました」
 すると司法主任は、傍の松永博士とチラッと顔を見合わせて笑いながら、
「よし。じゃアその気狂いを、赤沢脳病院まで送り届けてくれ。穏やかに扱うんだぞ」
「ハァ」
 警官が去ると、主任は博士と並んで、再び線路伝いに暗《やみ》の中を歩きはじめた。
「いよいよ、判って来ましたな」
 博士が云った。
「全く……」主任が大きく頷いた。「それにしても、いったいどこへ潜り込んだのでしょうナ」
 あちらこちらの暗《やみ》の中で、時々警官達の懐中電燈が、蛍のように点《つ》いては消え点いては消えした。
 だが、十分と歩かない内に、突然前方の線路の上らしい闇の中から、懐中電燈が大きく弧を
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