いや大変結構でした。とにかくこう云う人達を扱うには、決して刺戟を以ってしてはいけません。柔かく、真綿で首を締めるように、相手と同じレベルに下って、幼稚な感情や思索の動きに巧《たくみ》にバツを合せて行かなければいけません」
 博士はそれから、「歌姫」を相手にして暫く妙な問答をしながら、それとなく鋭い眼で相手の身体検査をするらしかったが、直ぐに向き直って司法主任へ云った。
「この男は犯人ではありません。どこにも血がついていません。あれだけの惨劇を狂人がしでかして、こんなに綺麗でいる筈はありません。……やはり共犯ではなく、残りの二人のうちの誰かがやったんでしょう。とにかく、この男は、もう元の住家へ返してもよろしい」
 そこで博士の指図通り、「歌姫」は無事に赤沢脳病院へ連れ戻されて行った。
 そして司法主任は、残る「トントン」と「怪我人」の捜査に全力を注ぎはじめた。
 ところが、それから一時間としない内に、松永博士の恐ろしい予言が、とうとう事実となって報告されて来た。
 それは――M市の場末に近い「あづま」と呼ぶ土工相手の銘酒屋の女将《おかみ》が、夜に入って、銭湯へ出掛けようとして店の縄暖簾《
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