化して、なにをしでかすか判らない連中なんだ」
「まったく」と予審判事が青い顔をして割り込んだ。「……そんな奴等が、万一、婦女子の多い市内へでも逃げ込んだら……どうなる?」
「恐ろしいことだ」と検事は声を顫わせながら、司法主任へ云った。「いや全く、ぐずぐずしてはいられない。直ぐに警官を増援してくれ給え。そうだ、全市の交番へも通牒して……」
 吉岡司法主任は、眼の色を変えて、あたふたと母屋の電話室へ駈け込んで行った。
 現場から警察へ、警察から市内の各交番へ……急に引締った緊張が眼苦《めまぐる》しく電話線を飛び交わして、赤沢脳病院の仮捜査本部は色めき立って来た。
 間もなく増援されて来た警官隊は、二手に分けられて一部は市内へ、一部は脳病院の禿山を中心として郊外一帯へ、直ちに派遣されて行った。
 けれども、好もしい情報は仲々やって来なかった。司法主任は苛立たしげに歯を鳴らした。まだこれ以上の兇悪な事件がもちあがらないだけが、せめてもの幸《しあわせ》だった。
 ――だが愚図愚図してはいられない。少しも早く逮捕して、惨事を未然に防がねばならない。そうだ、それにしても、もしも狂人達が人を恐れてどこかへ身を隠したとしたなら、こいつは仲々困難な問題だ。
 そう思うと司法主任は、いよいよじりじりしはじめた。
 ――いったい狂人の気持として、こんな場合、隠れるだろうか? いや、もし隠れるとしたら、いったいどんなところへ隠れるだろうか?……そうだ、こいつァ一寸専門家でなくては判らない。

 正午《ひる》になっても吉報がないと、主任は決心して立上った。そして本部を市内の警察署に移し、留守を署長に預けると、赤沢病院とは反対側の郊外にある、市立の精神病院へやって来た。
 乞《こい》に応じて院長の松永博士は、直ぐに会ってくれた。
「ひどいことをやったもんですね」
 もうどこからか聞込んだと見えて、赭顔《あからがお》の人の好さそうな松永博士はそう云って主任へ椅子をすすめた。
「実はそのことで、早速ですがお願いに上りました」
「まだ、三人とも捕まらないんですか?」
「捕まりません」司法主任は苦り切って早速切りだした。「先生。いったい気狂いなぞ、こんな場合、隠れるでしょうか? それとも……」
「さァ……捕まらないところを見ると、隠れてるんでしょうね」
「では、どんな風に隠れてるんでしょうか?……何ぶん危険な代物で、急ぎますので……」
 すると博士は苦笑しながら、
「難問ですな。しかし、どうもそれは、その患者の一人一人に就いて細かに研究して見なくては判りませんよ。一般にあの連中は、思索も感情も低いんですが、しかし低いながらも色々程度があって、その一人一人には、それぞれ勝手な色彩の理窟があるんです。で、率直に私の意見を申しますと、この場合問題は、何処へ誰がどんな風に隠れたかと云うことよりも、院長殺害が三人の共犯であるか、それとも一人の犯行であるか、と云う点にかかっていると思います。もし一人の犯行だったなら、その犯人は一寸六ヶ敷いが、少くとも残りの二人だけは、今にきっと、興奮が去って腹でも空いたなら、その勝手な隠れ場所からノソノソと出て来ますよ。ナニ興奮さえ去ってしまえば危険はありますまい。が、しかし、これが共犯だと……」
 博士はそう云って椅子へ掛け直ると、急に熱を帯びた口調で後を続けた。
「……共犯だと、一寸困るんです」
「と云いますと?」
 思わず司法主任が乗り出した。
「つまり一人の犯行だった場合に、その犯人だけが一寸無事に出て来にくいと同じ理由で、三人の安否が気遣われるんですよ」
「……判りませんが……どう云うわけで?……」
 主任は六ヶ敷そうに顔を赭《あから》めた。
「なんでもないですよ」と博士はニヤリと笑いながら、「……これは私が、薬屋から聞いたんですが、なんでもあの赤沢さんは、最近ひどく憔悴して、患者を叱る時に『脳味噌をつめ替えろ』と云うような無謀な言葉をよく使われたそうですね」
「それです。それが動機なんです」
「待って下さい。……それで、私の一、二度耳にした限りでは、確か『脳味噌をつめ替えろ』で、『脳味噌をとれ』ではなかったと思います。いいですか、『つめ替えろ』と『とれ』とでは、大分違いますよ」
「……ハァ……」
 主任は判ったような判らぬような、生返事をした。博士は尚も続けた。
「ね。馬鹿は馬鹿なりに、それ相応の理解力があるんですよ。『脳味噌をつめ替えろ』と云われて、利巧な人の脳味噌を抜きとった男が、それから、いったいなにをする[#「なにをする」に傍点]と思います?……」
「……」
 主任は、無言のうちに愕然となって立上った。そして顫える手で帽子を掴むと、思わず松永博士にぴょこんと頭を下げた。
「有難うございました。よく判りました」
 すると博士
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