うむきになって、仕事を続けながら、叱るように云うのであった。
改札係といえば、伝さん達よりは段違いの上役である。伝さんはピリッとして、トランクを持ったまま本能的に柵を飛び越え、立止っている若い婦人客のところへ馳けつけた。
五
するとこの時妙なことが起った。その妙齢な美人は、いとも御気嫌斜めな御面体《ごめんてい》で、
「失礼しちゃうワ。そんなもの、あたしンじゃアなくってよ?」
いい捨てて向きなおると、すたすたと出口のほうへ歩み去り、ぷい、と見えなくなってしまった。
一方改札口では、これ又一騒動持上っていた。何思ったか例の案内人は、宇利氏の背後から押しのけるようにして柵を飛び越そうとしたが、宇利氏に引きとめられて、しばらくゴテゴテと押し合い揉み合い、やがて馳けつけたほかの駅員達に取押えられて、どうやら観念したらしく、事務室のほうへ連れて行った。宇利氏は再び向きなおって、さっさと仕事をつづける。静かなものだ。
その晩、非番になった宇利氏は、赤帽溜へやって来て、ボンヤリしている伝さんへ、笑いながら切りだした。
「おい、伝さん。しっかりして呉れよ。……いったいお前さんは、少し講談や小説本に夢中になり過ぎるからいけないんだ。ふン、三の字旅行会だなんて、飛んでもないヨタ咄《ばなし》にひッかかってさ。あんなものは皆んな出鱈目《でたらめ》だよ。僕だって、もう暫く前から、あの案内人や、お客のことには気づいていたんだ。しかし僕は、お蔭でお前さんみたいな飛んでもない勘違いはしなかったよ。第一、君は、その三の字旅行の婦人客達は、一定の地方からやって来ると聞かされたろう。しかし、僕がいままで毎日、その婦人客達から受取った切符の発行駅は、大阪だったり、静岡だったり、神戸だったり、名古屋だったり、いや全くバラバラで、一定の地方からなんてやって来たものでは、決してないんだ。これでもまだお前さんは、その変テコな旅行会を信じたいかね。いやまア、あったことにしてもいい。が、兎に角、会長も会計も、それからいままで案内された、何百人というお客さんも、実は全くのヨタ咄で、ありはしないんだ。精々、今日捕まった案内人が会長で、それから某駅に、支部長が一人いるだけなんだ。この支部長の出張する某駅というのを、実は僕は、もう暫く前から調べていたんだ。それが、この頃になって、大阪駅であることが判った。――手っとり早く、ことのあらましを申上げようかね。今日捕まったあの男は、神田の、或る万年筆屋の番頭で、三角太郎《みすみたろう》っていうどえらい先生なんだ。それで、この万年筆屋は、大阪に工場を持っているんだ。昨年あたりまではこの万年筆屋は、大阪の工場から何万本という万年筆を時々まとめて送らしていたんだ。ところがこの方の仕事も自分の手でやっている三角太郎氏は、今朝あたりもう大阪で捕まっている筈の、同類の『支部長』と一計を案じ出して、運賃詐欺をしはじめたのだ。つまり、時々大量に送る荷物を、毎日少しずつに分けて、カバンでもトランクでも、或はボール箱でも風呂敷包みでもなんでもいい。兎に角手頃な手荷物の恰好にこしらえて、それに例の赤インキで三の字のはいった荷札をつけ、まず大阪の『支部長』がそれを持って大阪駅で入場券を買い、お客を送るようなふりをして、東京へ三時につく列車の、三等車の三輛目の網棚へ乗っけて、そのまま知らん顔をして引揚げる。列車はお客さんの手荷物と思い込んで、黙って東京駅まで運んで呉れる。さて、午後の三時には、三角太郎氏が、東京駅で入場券を買って、いかにもお客を迎えに行くようなふりをしてホームへはいり、三時についた急行の、三等車の三輛目の網棚から、『支部長』が置いたままになっている、その三の字のどぎつい目印のついた荷物を持って、誰れでもいいからお客の後ろにくッついて、さもそのお客を迎えに来たお供であるようなふりをしながら駅を出て行く、とまア、そういう寸法なんだ。それが、女の後ばかりついて降りて行ったというのは、これは自然の情でね。どうせ誰のあとへついて行ってもいいのなら、ジジむさい男のあとなぞついて行くよりは、若い女の後ろのほうが、よっぽど気持がいいんだからね。兎に角そのやり方でやれば、まず一回一日分何円とかかる筈の運賃が、大阪と東京の二枚の入場券、つまりたったの二十銭で事が足りるんだから、随分便利な方法さ。それも二度や三度ではなく、もうこの一年近くも毎日続けていたらしいんだから、この節約された金高というものは、莫大なものだよ。もう判ったろうね。三の字なんて、荷物を送った列車と、車輛と、その荷物との目印に使ったものに過ぎないんだよ。それを、変に勘違いしたお前さんに、たずねられたので、即座にあんなヨタ咄を作りあげて、物好きなお前さんを煙に巻いたというわけ
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