へ、軽く会釈を残して、その日のお客を迎えるべく、到着した列車のほうへ馳け去って行くのであった。
四
伝さんは、この話を四日に亘《わた》って聞かされた。一日一回が、ほんの五分か十分の短い間であったが、それでも伝さんは、不思議な話を聞くうちに、その四日間というものは、まるで続き物の講談でも聞いている時のような、楽しさにひたる事が出来たのであった。
そしてそんなことがあってからは、伝さんと三の字旅行会の案内人とは、急に友達のように親しくなって来た。と云っても、二人が顔を合せるのは、ほんの短い間のことであるし、二人ともそれぞれに自分のお客を持っている体なので、別に毎日親しく話し合うというようなことは出来なかったが、お互いに顔を見合わせるような時には、快よく挨拶しあうようになって来た。伝さんは、その案内人と、その背後にある旅行会と、そしてその会の果報なお客さん達の持っている、いうにいわれぬ劇的な雰囲気の中へ、自分も一本加わっているような気持がした。考えてみれば、伝さんの大勢の仲間の中で、この話を知っているのは、どうやらまだ伝さん一人だけらしい。伝さんは、なんだかそれが、得意にさえ思われてならなかった。そうして、十日二十日と、日がたって行った。
ところが、このままで済んでしまえば、まず何でもなかったのであるが、ふとしたことから、伝さんと三の字旅行会の案内人との、ひそかな親交を、ブチ破ってしまうような、飛んでもない事が持上ってしまった。
或る日のこと。赤帽|溜《だまり》で昼飯を食べていた伝さんのところへ、降車口の改札係の宇利《うり》氏が、ひょっこりやって来て、いきなり云った。
「伝さん。お前さんは赤帽の親分だから、知ってるかも知れないが、毎日三時の汽車で一人ずつやって来て、いつも同じ男に出迎えられて行く女のお客さん達があるようだが、知ってるかい?」
「ええ、知ってます」
「どうだい、何かおかしなところがあるとは思わないかね?」
そこで伝さんは弁当を置くと、口の中のものをゴクゴク呑み込んで、やおら向き直り、
「大有りですとも。三の字旅行会の因縁咄という奴で……。知っているのはこのわしだけ。しかも口止めされているんですが、宇利さんになら、こっそりお話してもよござんしょう」
もう伝さんは、そろそろ心中の得意を、誰かに聞かせてやりたく思っていた矢先だったので、宇利氏の突然の質問に、わけもなく調子込んで、先日案内人から聞かされた話を、残らず得意になって喋ってしまった。すると聞き終った宇利氏は、ニッコリ笑いながら立上って、
「有難《ありがと》う。ところで、伝さん。折入って頼みたいのだが、今日の三時に、改札の僕の側へ立っていて貰えまいか。手荷物五つ分の手間賃を払うよ。ね、頼むぜ。いいだろう」
伝さんは、むろん二つ返事で引受けた。何のことかは知らないが、兎に角、手荷物五つ分の稼ぎである。
やがて、三時がやって来た。字利氏の後ろでボンヤリ伝さんの立っている改札口へ、三時の急行の旅客達が、雪崩《なだ》れのように殺到して来た。伝さんは、ふと背伸びをして、旅客達のほうを眺め廻した。
今日の三の字旅行会のお客は、まだ二十を二つ三つ過ぎたばかりの、洋装の娘であった。例の案内人に大きなトランクを持たせて、晴ればれした顔をしながら、真ン中辺を、だんだんこちらへやって来る。宇利氏は、いったい何をしようというのだろう。伝さんは、なんだか急に心配になって来た。
ところが、やがてその洋装娘が、宇利氏の前までやって来て切符を差出すと、受けとった宇利氏は、娘をやり過して置いて、いきなり手を前に出し、あとから神妙について来て、伝さんへ目で挨拶しながら通り抜けようとした案内人を、ピタリさしとめた。
「一寸、あなた待って下さい。すぐ済みますからこちらへ寄っていて下さい」
宇利氏は早口にそう云って、手早く案内人を伝さんのほうへ押しやると、もう後の人の切符を忙しく受取りはじめた。
案内人は急にあわて出した。何か口の中でモグモグ云いながら人ごみの中へ押入るようにしながら入場券を宇利氏の手へ差しつけるようにして、出口から五|間《けん》も向うへ行ったところで後ろを振返って立止っている例の娘のほうを顎で指し、
「お、お客さんの荷物を持ってるんですから、と、とおして呉れなきゃア困るですよ」
すると宇利氏は、黙ったまま再び案内人を伝さんのほうへ押しやりながら、非常な早さで案内人の手からトランクを取り上げると、伝さんへ、きびしい語調で、
「じゃア伝さん。君この荷物を、あのお客さんに上げて呉れ」
「いやいや、これは私の役目じゃから、私が持って行かねばならん」
「伝さん。早くしてくれ。この方には一寸用があるんだから、荷物は君からお客さんに上げて呉れ!」
もう向
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