か、面白い因縁|咄《ばなし》がおあンなさるんじゃねえかと、ついその、物好き根性が頭をあげて、お聞きしたいんですよ」
 男は、前より一層困ったような顔をして、しばらく黙ったまま立っていたが、やがて、思い切ったように小声で切り出した。
「実は、お察しの通りですよ。私は、三の字旅行会というのに使われている、ま、一種の案内人といったような者ですがね。なんしろ雇人《やといにん》ですから、深いことは知りませんが、お察しの通り私のお客様には、その三の字旅行会という会との間に、一風変った因縁咄があるんですよ」
「ほほう。そいつア是非とも、お差支なかったら、伺いたいものですね」
 伝さんは思わず乗り出した。だがこの時、三時の急行列車が烈しい排気《エキゾースト》を吐き散らしながら、ホームへ滑り込んで来ると、
「じゃあ又この次お話しいたしましょう」
 男は云い残して、いつものように三等車の三輛目へ乗り込み、今日はいつもより一段と美しい、年の頃二十八、九の淑《しと》やかな婦人のお供をして、大きなカバンを提げながら、改札口のほうへ向って、神妙に婦人のあとから地下道の階段をおりて行った。伝さんも、お客が出来て急に忙しくなったので、その日はひとまずそのままで、忘れるともなく過してしまった。

 さて、その翌日、三の字旅行会の案内人は、いつものように到着ホームへやって来ると、何分自分は、一介の雇人であるから、詳しい話は知らないがと、伝さんへ念を押して、昨日の続きをやりだした。が、その話は仲々の永話で、とても汽車を待っている位の短い間で、一度に聞かれるようなものではなく、それから三日四日と度《たび》を重ねて、やっと聞かされ終ったところによると――なんでも、その三の字旅行会というのは、只の営利的な旅行協会みたいなものとは全然違って、一種の慈善的な奉仕会であって、陰徳を尊ぶ会長の趣意に従って、会長の名前にしろ、全然秘密であるが、大体その会の仕事というのは、或る一定の地方に住っている両親のない三十歳以内の婦人で、東京方面へ旅行をしたいという人の為めに、汽車賃と滞在費と、それから小遣いの三通りの経費を全部提供して、全く無料の暢気《のんき》な旅をさせようという、まるで嘘みたいな話であった。尤も、それだけに条件も一寸面倒臭く、いま云ったような資格者で、その地方にあるその会の支部長の推薦がなければならないのであっ
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