によって覆われてしまった……が、間もなく、かすかに希望が浮ぶ。そして追々に明るく、強く、自信に満ちて……
「判りましたか?」
司法主任が云った。
「判りました」
「犯人は誰です?」
「犯人は……」
云いかけて東屋氏は、
「一寸待って下さい」
と今後は私の肩を叩いて笑いながら、
「君は、判ったかい?」
「うん、いまその、計算中だよ」
私は周章《あわ》てて答えた。すると東屋氏は再び微笑しながら、
「おい先生、僕は君に挑戦するぜ。ひとつ、犯人は誰だか、当ててくれ給え。もう君は、この事件の関係者の中で、誰の体重がどれだけあるか? そしてどうすれば犯人の体重が判るか? いやそれだけではない、少くとも犯人を自分で推定することの出来るだけの、凡ての必要な材料《データ》を心得ている筈だ。さあ、見事に当ててくれ給え」
東屋氏はそう云って、私のためにノートを拾いあげてくれた。
「判っていられたなら、さっさと云って下さい」
司法主任だ。
「一寸待って下さい」
と今度は私が遮った。――こうなったら意地でも計算しなければならん。間違わぬように……
――先ず、問題の一九〇・九二〇|瓩《キロ》から、深谷氏の五三・三四〇|瓩《キロ》を引く……すると、一三七・五八〇|瓩《キロ》だ。さて今度は、これからこのマベ貝やランプの七一・四八〇|瓩《キロ》を引く……ええと……六六・一〇〇|瓩《キロ》だ。六六・一〇〇|瓩《キロ》!……はて、なんだか覚えのある数字だぞ。私は大急ぎでノートの記号を辿る……と、ああまさに、黒塚氏が六六・一〇〇|瓩《キロ》!
で早速東屋氏へ、
「判ったよ」
「なに判った?」
と東屋氏は、私の顔をしげしげと見詰めながら、
「よく[#「よく」に傍点]考えて見ましたか?」
「馬鹿にし給うなよ」
「じゃあ云ってご覧」
「犯人は黒塚だ!」
「違う!」
五
「違う?……冗談じゃあない」
私は思わず吹き出した。
「全く、冗談じゃあないよ」
と東屋氏は大真面目だ。
そこで私は、いささかむッとして、
「君こそ計算違いだ」
「どうして?」
「だって、いいかい……一九〇・九二〇|瓩《キロ》から、深谷氏とこの荷物の重量を引けば、六六・一〇〇|瓩《キロ》じゃないか。そしてこれこそは、まさに黒塚氏の体重だ。しかも、ピッタリと合う……」
「だから違うんだよ」
と東屋氏だ。
「何んだって?」
「何んでもないさ」と東屋氏が始めた。
「つまり、ピッタリ合うから、違うんだ。判るだろう?……成る程、君の算術には間違いはない。が、君は、算術と現実とをゴッチャにしてしまった。だからいけないんだ。ね、考えて見給え。僕達は、昨夜犯行当時の白鮫号の中味を、そっくりそのまま秤に懸けたわけじゃあないんだ。今日になってから、しかもあっちこっちバラバラの寄せ集め式計算だ。おまけに、浮力の実験に際しても、厳密に云えば必ず多少の不正確さは免れなかった筈だし、搭乗者の服装やその他の細かな変化も、多少とも見逃しているのだ。だから一九〇・九二〇|瓩《キロ》と云う数字は、いや、深谷氏の数字もこの荷物の数字も、凡て犯人推定の引算のために、なくてはならぬ大事な数字には違いないが、それはあくまで大体の数字であって、その大体の数字に依る計算の現実の結果が、ピッタリ合う筈はない!……だから、いま、引算の結果が黒塚氏の体重にピッタリ合った時には、僕は全くびっくりした。実に見事な偶然だよ。余りに見事過ぎて、君は罠に引っ掛かったのだ」
「じゃあいったい、犯人は誰です」
司法主任が云った。
東屋氏は私の手からノートを取ると、
「六五・二〇〇|瓩《キロ》の下男の早川です」
すると司法主任は浮き腰になり、
「下男?――失敗《しま》った。そいつは私達の着く前に、町の郵便局まで出掛けたそうです」
「郵便局?」
今度は東屋氏が乗り出した。
「飛んでもない。――この岬から西南の海岸一帯に亙って、非常線を張って下さい。山も木立も、それから鳥喰崎も……あいつの『郵便局』はその辺にあるんです」
と私の方をチラッと見て、
「現に僕達は、先刻《さっき》鳥喰崎の端っぽで早川氏の跫音を拝聴したんだ」
司法主任は直ぐに飛び出して行った。
東屋氏も立上った。
「さあ、忙しくなって来たぞ」
やがて東屋氏は主館《おもや》の玄関《ポーチ》へやって来ると、そこで急に騒ぎ出した警官達を見ながら女中と二人でうろうろしていた深谷夫人を捕えて、早速切り出した。
「奥さん。凶悪な犯人が判りました。下男の早川です」とそれから驚いている夫人へ丁寧に改まって、「時に、甚だ済みませんが、一寸御主人の船室《ケビン》を拝見さして戴きたいのですが――」
「ああ書斎でございますか?」
と夫人は一寸躊躇の色を見せたが、直ぐに、
「
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