畏《かしこ》まりました」
そう云って奥へはいって行った。が、間もなく戻って来ると、小さな銀色の鍵を東屋氏に渡しながら、
「どうぞご自由に、お調べ下さいまし」
やがて私達が再び別館《はなれ》の前まで来ると、東屋氏は、物置の秤台に置かれた桁網の中からマベ貝を二ツ三ツ掴み出して来て、キャプテン深谷の船室《ケビン》へ這入った。
けれどもその室《へや》は、ただ船室《ケビン》式に造られていると云うだけで、中は割に平凡なものだった。海に面して大きく開いている棧《さん》のはまった丸窓の横には、立派な書架《しょだな》が据えられ、ギッシリ書物が詰っている。総じて渋い装幀の学術的なものが多い。書架と並び合って、大きな硝子戸棚が置かれてあり、その中には、わけのわからぬ道具や品物がいっぱい詰っていたが、黄色い硝子のはまった大きなひとつの吊りランプが私の眼を惹いた。部屋の中央には、およそこの部屋に不似合な一脚の事務机が据えられてあり、その上の隅には、書類用の小箪笥が乗せてある。
東屋氏はひと亙り室内を見渡すと、机の上へマベ貝を置いて、椅子に腰掛け、暫くジッと考え込んでいたが、やがて書架の前へ歩み寄ると、鼻先を馬のように蠢《うごめ》かしながら、なにか盛んに書物を漁り始めた。私は、ふと自分達の乗って来た馬のことを思い出した。この邸《やしき》へ来た時に日蔭へ縛りつけたなり、まだ一度も水をやってない――で、急に心配になった私は、そのままそそくさと船室《ケビン》を出た。
冷たい水を馬に飲ませている間に、私は、天候がひどく悪化した事に気付いた。辺りはますます暗く、恐ろしい形相の黒雲は、空一面に深く低く立ち迷って、岬の端の崖の下からは、追々に高くなった波鳴りの音が、足元を顫わせるように聞えて来る。
私は玄関《ポーチ》の横の長く張り出された廂《ひさし》の下を選んで、馬を廻した。これらの仕事を、随分手間取ってやっと為《な》し終えた時に、東屋氏がやって来た。
「君、多分この家の電話は、長距離だったね? 済まないがひとつ交換局を呼び出してくれ給え。そして三重県へ掛けたいのだがね、番号が判らないんだ。多分、鳥羽《とば》の三喜山《みきやま》海産部で好いと思うが、ま、そう云って問い合して見てくれ給え。そして、大急ぎでそいつを呼び出すんだ」
東屋氏はそのままホールの方へ這入って行った。私は廊下の電話室で、命令
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