あったほどですから、無論|凪《なぎ》でしたでしょう」
「よし、ともかく船を出そう」
東屋氏は進み出た。
この速製の探偵屋に最初のうち少からず危気《あぶなげ》を覚えていた私も、いまはもう躊躇するところなく、下男と力を合わせて白鮫号を水際へ押し出した。
やがてヨットが静かな磯波に乗って軽く水に浮ぶと、東屋氏は元気よく飛び乗った。そしてなにかひどく自信ありげに、
「さあ。これから、一寸興味ある実験を始める。船の水平を保つように、各自の位置を平均して取ってくれたまえ」
東屋氏は上機嫌で船縁に屈み込むと、子供のように水と舷側の接触線を覗き込んでいたが、不意に立上って私をふん捉《づかま》えた。
「君、何貫ある?」
「何貫って、目方かね?」
「そうだ」
「よく覚えていないが、五十|瓩《キロ》内外だね」
「ふむ。よし」
と今度は下男に向って、
「君は?」
「私もよく覚えていませんが、六十|瓩《キロ》以上は充分ありましょう」
「成る程。――僕が約五十六|瓩《キロ》と……一寸君達、そのままでいてくれ給え」
そう云って両手で抑えるように私達を制すると、そのまま岸に飛びあがって行った。が、間もなく大きな石を二つ程重そうに抱えて来て、船に積み込ませた。
「さあ、もう一度船の水平を保つために、各自の位置に注意して。いいですか」
そう云って東屋氏は、前と同じように屈み込んで舷側を覗《のぞ》き込んでいたが、間もなく微笑みながら立上って云った。
「よし。これで恰度よい――。ところで、先程僕が面白い発見をしたと云ったのは、これなんだよ。つまり、僕と君とそれから下男《あなた》と、そしてこの大小二つの石と、合計しただけの重量が、一層正確に云えばいまこの白鮫号に乗っかっているだけの重量と同じだけの重量が、そうだ、人間なら大人三人位の重量が、昨夜この泡のある海面に浮いていた同じ白鮫号の中に乗っかっていたのだ。つまり深谷氏は、昨夜一人だけでヨットへ乗っていたのではない。誰かと一緒に乗っていたのだ」
「成る程」
「そしてだ。その重量は、泡のある海面で、この白鮫号の上から、消えてなくなったのだよ」
「どうして?」
私は思わず問い返した。
「だって、もしもそうでなかったなら、いま僕は、こうしてこんな発見をすることは出来ないよ。その泡の海から、波にびたつかれ[#「びたつかれ」に傍点]ながら白鮫号がここま
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