たが、やがて今度は狭い棧《さん》の間から、硝子瓶の缺《かけ》らしいものを拾い上げて私に見せた。で私は、
「やっぱり兇器は、ビール瓶だろう」
 すると彼は私の肩を叩きながら、
「駄目だよ先生、これをビール瓶だなんて云っちゃあ。こいつは海流瓶だよ、まあビール瓶とよく似ているがね。この中へ葉書やカードを密封して、人目につきやすいように、ほら、外側をこんな風にエナメルで着色して、海流の方向速度等を知るために、海の中へ投げ込む原始的な漂流手段だよ」
 そう云って東屋氏は、今度は下男へ、
「この邸には、勿論海流瓶なぞいくつもあったでしょうな?」
「はい。やはりキャプテンの御趣味でして」
 けれども東屋氏はそれには答えないで、
「まずこれで、兇器も現場も確かめられたわけだ、時に貴方が、今朝この船に泳ぎ着かれた時に、この他に何か船中に残っていませんでしたか?」
「別に、ございませんでしたが……食卓用の、ソフト・チョコレートのチューブが一つ落ちていました」
「それはどうしました?」
「空でしたから、海の中へ捨ててしまいました」
「捨てた?」
 東屋氏は呆れたように苦笑いしながらヨットを降りかけたが、ふと船尾《スターン》寄りの小さな船艙に眼をつけて、再び戻ると、その蓋を開けて中を覗き込んだ。が、やがて身をかがめてその中へぐっと上半身を突込むと、黒い大きな貝をひとつ拾いあげた。
「おや、面白い貝だね」私は覗き込むようにして云った。「恰度鳥の飛んでいるのを横から見たような恰好だね。なんと云う貝だろう?」
「マベ貝だよ。穢《きたな》い貝さ」
 東屋氏が云った。すると下男が、
「この附近には、そんなものはいくらもあります」
 けれども東屋氏は暫く黙ってマベ貝を弄《いじ》っていたが、やがて面白くもなさそうに再び貝を船艙に戻しながら、
「……どうも確かに、深谷氏と云うのは、変り者だね。よくよく海と縁が深いらしい……」
 云いながら彼は、片手を船縁《ふなべり》に掛けるようにしてヨットから飛び降りた。そして今度は白く塗られた船体《ハル》の外側に寄添って、船底の真ん中に縦に突き出した重心板《センター・ボード》の鉛の肌を軽く平手で叩いて見ながら、
「いいヨットだなあ。バランスもよさそうだ」
 と急に重心板《センター・ボード》の下端部を、注意深く覗き込みながら、
「こりゃ君、粘土が喰っ附いてるじゃあないかね
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