火扉の閂にかかった監督の腕に獅噛《しが》みついた。激しい平手打が、お品の頬を灼けつくように痺《しび》らした。
「間抜け! 火が移ったらどうすんだ!」
監督が呶鳴《どな》った。お品は自分とひと足違いで密閉された峯吉が頑丈な鉄扉の向うでのたうち廻る姿を、咄嗟《とっさ》に稲妻のように覚えながら、再びものも云わずに狂いついて行った。
が、直ぐにあとから駈けつけた技師の手で坑道の上へ叩きつけられた。続いて工手が駈けつけると、監督は防火扉の隙間に塗りこめる粘土をとりに駈けだして行った。こんな場合一人や二人の人間の命よりも、他坑への引火が恐れられた。それは今も昔も変らぬ炭坑での習わしであった。
発火坑の前には、坑夫や坑女達が詰めかけはじめていた。皆んな誰もかも裸でひしめき合っていた。技師だけがコールテンのズボンをはいていた。狂気のようになって技師と工手に押しとめられているお品を見、その場にどこを探しても峯吉の姿のないのを知ると、人びとはすぐに事態を呑み込んで蒼くなった。
年嵩の男と女が飛び出した。それは直ぐ隣りの採炭場《キリハ》にいる峯吉の両親《ふたおや》であった。父親は技師に思いきり一つ張
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