長。そしてまだ充分時間があるんですから、落付いて避難の仕度にかかりましょう。ところであなたはいま、人殺しどころではないと云いましたね? 成る程、そうかも知れません。しかし、この塩水と人殺しとは、決して無関係ではないんですよ。係長、あの裂目の内側まで焼け爛れた大きな亀裂に、注意して下さい。私にはなんだか、この事件の真相が判りかけたらしいんです」
五
さて、それから数分の後には、密閉された片盤坑を中心にして、黒い地下都市の中に、異常な緊張が漲《みなぎ》りはじめていた。
崩落に瀕した廃坑に、再び重い鉄扉を鎖した係長は、慌しく電話室に駈けつけると、立山坑の地上事務所と札幌の本社へ、海水浸入の悲報を齎《もたら》した。続いて狭い竪坑の出口で圧死者などの出ないように、最も統制のとれた避難準備にとりかかった。
一方菊池技師は、熊狩りで鍛えた糞度胸をいよいよムキ出しにして、問題の片盤坑の鉄扉を抜け出ると、再びそいつを鎖し、水平坑の小頭達を呼び寄せて、鎖した入口を厳重に固めさした。残忍な殺人者は、深い片盤坑のどこかにいるのだ。その男の捕えられるまでは、何人《なんびと》といえど
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