残っていて後々へ禍を及ぼすとか、妙なことが云い触らされていた。そしてそうした坑夫達の執拗な恐怖心を和げる道具として、坑内が血に穢されたような場合には、その場に締縄《しめなわ》を張って清めのしるしにされるなぞ、そうした奇怪な事実のあるとなしとにかかわらず、もう一般化したならわしにさえなっているのであった。
 滝口坑の片盤には、今日その締縄が白々と張り出されたのだ。そしてその締縄に清められた筈の防火扉の前で、皮肉にも新らしい血が、一度ならず二度までも流されてしまった。片盤の坑夫や坑女たちは、網をかぶった薄暗い電気の光に照らされながら、閉された採炭場《キリハ》の防火扉の前に、意味ありげに二つも並んだ屍体を遠巻きにして、前とは違って妙にシーンとしていた。
 工手の屍体は、アンペラで覆われた丸山技師の屍体の側に、くの字形に曲って投げ出されていた。伸びあがって瓦斯《ガス》の排出工合を検査している隙に、後ろから突き倒されたものとみえて、踏台が投げ倒され、その側に技師の時よりも、もっと大きな炭塊が血にまみれて転っていた。俯伏せに倒れた上へ折重って、力まかせにその大きな炭塊をガッと喰らわしたものであろう
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