ね上げて、力まかせに鉄扉を引き開いた。異様な生温い風が闇の中から流れて来た。二人は薄暗い安全燈《ランプ》の光を差出すようにしながら、開放された発火坑に最初の足跡をしるして踏み込んだ。踏み込んですぐその場から安全燈《ランプ》を地上へ差しつけるようにしながら、峯吉の骨を探しはじめた。が、みるみる二人は、なんともかとも云いようのない恐怖に叩ッ込まれて行った。
峯吉の骨がない!
いくら探してもない。墨をかけられた古綿のように、焼け爛れた両側の炭壁は不規則な退却をして、鳥居形に組み支えられていた坑木は、醜く焼け朽ち、地面の上に、炭壁からにじみ出たコールタールまがいの瓦斯《ガス》液が、処々異臭を発して溜っているだけで、歩けども進めども、峯吉の骨はおろか、白い骨粉ひとつさえない。二人はまるでものに憑かれたように、坑道の中をうろたえはじめた。が、やがて曲ったり脹《ふく》れ浮いたりしていたレールが、急に飴《あめ》のようにひねくれ曲って、焼け残った鶴嘴や炭車《トロ》の車輪がはねとばされ、空気がまだ不気味な火照《ほてり》を保っている発火の中心、つまりその採炭場《キリハ》の終点まで来てもそれらしい影がみつからないと、いよいよ事態の容易ならざるに気づいたもののようにそのままその場に立竦んでしまった。
最悪の場合がとうとうやって来たのだ。先にも云ったように、採炭坑は謂わば炭層の中に横にクリあけられた井戸のようなもので、鉄扉を締められた入口のほかには蟻一匹這い出る穴さえないのであった。その坑内に密閉されて火焔に包まれてしまった筈の峯吉の屍体が、屍体はともかく、骨さえも消えてしまうなぞということは絶対にない筈である。ところが、そのない筈の奇蹟がここに湧き起った。係長は、己れのふとした疑惑が遂に恐るべき実を結んだのをハッキリ意識しながら、思わず固くなるのであった。――
恰度、この時のことである。
不意に、全く不意に、あたりの静かな空気を破って、すぐ頭の上のほうから、遠く、或は近く、傍らの炭壁をゆるがすようにして、
……ズシリ……
……ズシリ……
名状し難い異様な物音が聞えて来たのだ。
瞬間、二人は息を呑んで聞耳を立てた。が唸るとも響くともつかぬその物音は、すぐにやんで、あとは又元の静けさに返って行った。
しかし、永い間炭坑に暮した人びとには、その物音が何であるか、すぐに判る筈であ
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