「しかし、もしもその機関車の操縦室《キャッブ》の床に溜った血の量が、全体に少くなって来たのだとしたなら、雫の大きさは同じでも、落される間隔は、あたかも機関車の速度が急変したかのように、長くなるのじゃないかね?」
「ふむ。仲々君も、近頃は悧巧《りこう》になったね。だが、もしも君の言う通り、そんなに早く機関車の方の血が少くなって来たのだとしたなら、この調子では、もう間もなく血の雫は終ってしまうよ。――其処まで行って見よう。果して君の説が正しいか、それとも、僕の恐ろしい予想に軍配が挙がるか――」
 で、私達は二人共亢奮して歩き続けた。
 もうこの附近はW駅の西端に近く、二百|米《メートル》程の間に亙って、全線路が一様に大きく左にカーブしている。私達は幅の広いそのカーブの中を、懐中電燈で血の雫の跡を追いながら、下り一番線に沿って歩き続けた。が、間もなく私の鼻頭には、この寒さにもかかわらず、無気味な油汗がにじみ始めた。――私は、喬介との闘いに敗れたのだ。
 線路の横には、喬介の推理通り行けども行けども血の雫の跡は消えず、タンク機関車73号は、明かに急速度を出したらしく、もうこの辺では、血の雫の跡も五、六|米《メートル》置きにほぼ一定して着いていた。そしてそのカーブの終りに近く、下り一番線から下り本線への亙り線の転轍器《ポイント》の西で、とうとう私達は、異様な第二の他殺屍体にぶつかってしまった。

          三

 屍体は第一のそれと同じ様に、菜っ葉服を着、従業員の正帽を冠った、明かに73号の機関手で、粉雪の積った砂利面の上へ、線路に近く横ざまに投げ出されていた。――辺りは、一面の血の海だ。
 私は、直《ただち》に喬介を置いて元来た道を大急ぎで引返した。そして司法主任や警察医の連中を連れて、再び其処へ戻った時には、もう喬介は屈み込んで、綿密な屍体の調査を始めていた。
 やがて喬介|並《ならび》に警察医の検案に依って、第二の屍体は、第一のそれと殆ど同時刻に殺されたもので、致命傷は、鋭利な短刀様の兇器で背後から第六胸椎と第七胸椎との間に突立てた、創底左肺に達する深い刺傷である事が判った。尚、屍体が機関車から投げ出された際に出来たらしく、顱頂骨《ろちょうこつ》の後部に近くアングリ口を開いた打撲傷や、その他全身の露出面に亙る夥しい擦過傷等も明かになった。
 私達は協力して暫く
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