る子供のいい父親になっていた。少しばかり気の短い男だったが、それだけに腹のないひどく人の好い男で、私は直ぐに親しくなって行った。もっとも、私が一番親しくしていたわけではない。誰れも彼も、三四郎を親しみ、三四郎に多かれ少かれ好意を持たない人はなかった。実家が裕福なためもあったろう、職員間でもなにかと心が寛《ゆる》く、交際も凡《すべ》て明るくて、変に理窟めいたところが少しもなかった。どうして、文学などという暗い道の辿れる男ではない。私はわけもなく親しくなって行きながら、すぐにそのことに気づいてしまった。
わけても微笑ましいのは、家庭に於ける三四郎だった。どんなに彼が、美しい妻と一粒種の子供を愛していたか、それは女生徒達の、弥次気分も通り越した尊敬と羨望に現わされていた。事実私は、どの教師でも必らずつけられているニックネームを、三四郎に関する限り耳にした事がなかった。それはまことに不思議なことでさえあった。
いまから思うと、すべての禍根は、こうした三四郎の円満な性格の中に、既に深く根を下していたのかも知れない。
当時H市の郊外で、三四郎の住居の一番近くに住っていたのは私だった。それで恐
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