いトランクを持って雑木林の中へ逃げ込んで行きました。――直ぐその後を追馳《おいか》けて行けば、屹度《きっと》どんな男か正体位は見届ける事も出来たで御座居ましょうが、何分不意の事で手前共も周章《あわて》ておりましたし、それに何より突墜された人の方が心配で御座居ましたんで、真っ先に一生懸命崖の下の波打際へ降りたんで御座居ます。するともう墜された人は息絶《こときれ》ていたし、手前共二人だけでは迚《とて》もあのえらい[#「えらい」に傍点]崖の上迄仏様を運び上げる事は出来ませんので、兎《と》に角《かく》この事を警察の旦那方に知らせる為に、仕方なくもう一返苦労して崖を登り、町へ飛んで行ったんで御座居ます。その途中、直ぐ其処の道端で、気を失って倒れていられたこちらの奥さんを救けたんで御座居ます。――はい」
 証人は語り終って、もう一度ぴょこんと頭を下げた。
 大月は巻煙草《シガレット》を燻《くゆ》らしながら、恰《あたか》もこの事件に対して深い興味でも覚えたかの如く、暫くうっとりとした冥想に陥っていたが、軈て夫人に向って、
「御主人が御病気でこの海岸へ転地されてからも、勿論|別荘《こちら》へは訪問者が
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